◆人生の分かれ道(1)~突然の谷へ~
そんなAさんに突然の不運が襲ってきました。出張中に交通事故に逢って、生死の境をさまよい、やっと意識を取り戻した時は、左半身が不随になっていました。出張先の異動中の事故ということで、労災扱いとなり、会社に籍は残されたものの、今までのように仕事はできません。
今までの華やかな環境は、潮が引くようにあっという間に寂しい環境となりました。恋人も去っていきました。そんなときに、毎日変わらずお見舞いに来てくれたのは、幼馴染のB子さんだけだったそうです。
B子さんは、Aさんにとって、今まで女性として見たことのない、純粋に親友と呼べる女性だったそうです。そのせいか、女性で20年以上付き合いが続いたのは彼女だけだったそうです。
B子さんは、Aさんの家庭の事情もどんな女性と付き合ってきたか、彼の周囲が如何に華やかだったかも全て知っていました。そして、潮が引くように周囲が寂しくなったことも。
Aさんは、現実を認め、孤独な環境に慣れるまで3ヶ月ほどがかかりました。その間B子さんに対するAさんの八つ当たりは、それは激しいものでした。ときには激しく罵ることもあり、Aさんの病室を出て泣いているB子さんを何人もの医療スタッフが目にしたほどです。
しかし、B子さんは、Aさんが、前日どんなひどいことを言っても、翌日何事も無かったように笑顔で通って来てくれそうです。
◆人生の分かれ道(2)~登山道へ~
Aさんがリハビリを始めるきっかけになったのは、ある日Aさんが目覚めたときに、B子さんが泣きながら自分を見ていたからだそうです。
Aさんが目覚めたと知ると、B子さんは慌てて背を向け立ち上がりました。大きく伸びをして、再び腰を下ろしたB子さんは、泣いていたのが幻だったかのように素敵な笑顔でした。そして、B子さんは「目が覚めた?夕飯の時間になるよ」と言ってくれたそうです。
Aさんが、B子さんの泣き顔を見たのは2度目でした。1度目は、彼女の母親が亡くなった、15年前です。Aさんは、「もう二度とこいつの泣いた顔は見たくない」と心から思ったそうです。
その日から、彼は、Bさんの笑った顔を見たくて、Aさんはひたすらリハビリに励むようになったそうです。自分が一歩歩いただけで、足を上げただけで、B子さんが嬉しそうに笑うのを見るのがこの上なく嬉しかったそうです。
現在彼は、会社を辞めて、一級建築事務所を開業しました。B子さんは、インテリアコーディネーターとして彼の事務所で働いています。そして、5年後、Aさんが仕事で名誉ある賞を受賞した祝賀会の後、彼は彼女にプロポーズし、2人は結婚しました。
Aさんは、B子さんと一緒にいることが幸せだと思っています。
“結婚はトラブルの源だ”と思っていた彼は、もういません。