山下リオ(C)エンタメOVO

 父の死を契機に母の介護を始めた女性の周囲で、次々に起こる異変。それは、母の抜け殻に入り込んだ“何か”による呪いなのか、それとも、介護に疲れ追い詰められた女性の心の闇が生んだ虚構なのか…。酒井善三が監督し、テレビ東京プロデューサーの大森時生が企画プロデュースを担当したホラー『遺愛』が全国公開中だ。本作で主人公の佳奈を演じた山下リオに話を聞いた。


-最初に脚本を読んだ印象から伺います。


 正直なところ、 脚本を3回ほど読むまでは、この物語がどのような構造で成り立っているのか、なかなかつかむことができませんでした。 「一体これは何なんだろう」 という戸惑いが最初にあったと思います。けれど、その戸惑いと同時に、言葉では説明しきれない不気味さや、 輪郭を捉えようとすると遠ざかってしまうような恐怖が、確かにそこにはありました。その感覚に強く引かれて、「こんな脚本を書く酒井善三さんとはどんな方なんだろう」と興味を抱き、実際にお会いしてみたいと思うようになったんです。


-佳奈というキャラクターをどのように感じましたか。


 佳奈は、 一見するとどこにでもいそうなごく普通の女性だと思いました。介護というテーマも決して他人事ではなく、誰もが佳奈の立場になり得る身近なものです。だからこそ、彼女には強い現実味がありましたし、本来は優しく愛情深い人だと感じています。ただ、その愛情は純粋なものだけではなく、母を愛することで自分自身を支えているような側面もあるように思いました。


 一方で、認知症を患う母親も、時に感情を失った人形のように見える瞬間がある。そんな2人には、それぞれ埋めることのできない空洞のようなものがあるように感じたんです。その空洞を埋めようとする中で生まれるものが、果たして愛なのか、それとも呪いなのか。 作品の中では、その境界が曖昧なままですが、私自身、古代から語り継がれてきた“呪い”のようなものは、実際に存在すると思っています。言葉では説明しきれない、人の感情や執着が生み出すものがあるんじゃないかと。佳奈もまた、彼女なりに信じるものがあり、その信念に従って行動している。だからこそ、彼女の行動には一本筋が通っているように感じました。


 監督も 「これはヒーロー映画でもある」 とおっしゃっていたのですが、演じながらその意味がよく分かりました。佳奈には彼女なりの正義があり、その正義があるからこそ、結果として異様な行動をしてしまう。とはいえ、クランクインするまでは、自分自身も佳奈という人物が最終的にどんな姿になるのか想像しきれていませんでした。ただ、監督が描こうとしている世界を最後まで見届けたいという思いが強くて、その背中についていくような気持ちで撮影に臨みました。振り返ると、撮影期間は本当にあっという間だったように思います。

-「愛か呪いか」が、この映画のキャッチコピーになっていますが、それについて、演じながらどのように感じましたか。


 本当にその通りだと思います。愛とか呪いとか、一応名前は付いていますけど、それって、立体造形にしたら同じものができる可能性があると。演じながらも、自分では愛だと信じているものが、誰かにとっては呪いになっているかもしれない。そんな人間の多面性を常に意識していました。この映画に登場する“何か”もそうですが、ある人には見えて、ある人には見えないものがあります。だからこそ、この作品を見た人が抱く感情も本当にさまざまだと思います。監督がおっしゃっていたように、ヒーロー映画として受け取り、爽快感を覚える方もいるかもしれません。一方で、純粋なホラーとして恐怖を感じる方もいるでしょう。そういう意味では、この作品は単純にホラーというジャンルには収まらない作品だと感じています。愛と呪い、生と死、正義と狂気といった境界線が曖昧なまま存在していて、その曖昧さの中でお芝居をしていました。


-では、山下さんにとってのホラー映画とは。


 エンターテインメントとして、 好きなジャンルです。私自身、不思議な体験や怖い体験をすることが多かったので、ホラー作品の中で描かれるファンタジーや超常的な出来事も、どこか現実と地続きのものとして受け取れるんです。特に日本のホラーは、ただ驚かせるためだけではなく、人間の感情や心理に深く入り込んでくる作品が多い印象があります。恐怖だけでなく、切なさや悲しみ、愛情のような感情まで呼び起こされるので、とても魅力的だと感じています。


 私にとってホラー映画は、ジェットコースターに乗りに行くような感覚に近いかもしれません。日常生活の中で、本気で驚いたり、恐怖で思わず声が出たりする機会はなかなかないですが、ホラー映画には、それを安全な場所で体験できる面白さがあります。それに、みんなが自ら恐怖を求めて映画館に集まるという現象自体も、とても興味深いですよね。怖いと分かっているのに見たくなる。その人間の不思議さも含めて、ホラー映画の魅力だと思います。


-完成作を見た印象はいかがでしたか。


 完成した作品を見た時は、これまでに味わったことのない種類の恐怖だと感じました。言葉にするのがとても難しいのですが、 真っ暗な場所で何も見えないまま、 自分の奥底にある何かをつかまれるような、得体の知れない怖さがあるんです。だからこそ、この映画に対して抱く感情は、人によって大きく異なるのではないかと思います。恐怖を強く感じる方もいれば、私のように不思議な爽快感を覚える方もいるかもしれません。その感覚は自分自身にとっても新鮮でした。


 この作品は、ホラーでありながら家族の愛を描いた物語でもありますし、一つのジャンルだけでは語りきれない魅力があります。だからこそ、 「これはこういう映画です」と一言で説明するのが難しいんです。また、劇中で描かれる出来事は非現実的でありながら、登場人物たちの感情や芝居は徹底してリアルです。そのリアルさがあるからこそ、現実と虚構の境界が曖昧になり、見る人の心に深く入り込んでくるのだと思います。その言葉では説明しきれない感覚が重なり合っているところが、この作品ならではの見どころだと感じています。


-これから映画を見る観客や読者の方たちに向けて、一言お願いします。


 本当に最初から最後までずっと不穏なんです(笑)。気味が悪いし、落ち着かないし、「何なんだろう、これ」と思う瞬間もたくさんあると思います。 でも、 その違和感って意外と遠い世界の話ではなくて、自分たちの日常のすぐ隣にあるものなんじゃないかとも感じています。私自身、完成した作品を見ても「これはこういう映画です」と一言で説明することができませんでした。だからこそ、ぜひ見ていただいて、それぞれの答えを見つけてもらえたらと思います。


(取材・文・写真/田中雄二)