K-POPや韓国ドラマは、エンターテインメントであると同時に、韓国社会を映す鏡でもある。何気ない言葉やしぐさ、習慣の背景をたどると、その国ならではの価値観や歴史、人との関わり方が見えてくる。この連載では、韓国カルチャーを入り口に、知っているようで知らない韓国を読み解いていく。
▽初対面で年齢を聞く
「韓国では、初対面でまず年齢を聞く」。韓国文化を紹介する記事で、よく見かける話だ。
でも、正直に言うと、日本で暮らす私たちの多くは、その場面にあまり立ち会わない。韓国人と仕事で会えば、たいてい「〇〇院長」「〇〇先生」と職位や肩書きで呼び合う。旅行で行っても、店員に年齢を聞かれることはない。年齢を確かめ合うのは、もっとくだけた、プライベートな関係の入り口でのこと。つまり、そのコミュニティーの内側に深く入らないかぎり、外国人はこの“年齢の儀式”の外に置かれたままなのだ。
だから私たちは、韓国ドラマやバラエティーで年齢の話が出るたびに、なんとなく不思議に思いながら、その理由をちゃんと知らないまま通り過ぎてしまう。なぜ彼らは、こんなに年齢にこだわるのか。
よくある説明はこうである。韓国は年上・年下の区別が大事な社会だから。年上には“敬語”を使わなければならないから。だから、まず年齢を確認するのだ、と。
本当にそうなのか。それを確かめるために、アイドルの実際の会話をのぞいてみた。
▽7割が「タメ口」
SEVENTEEN、通称セブチは、13人組の韓国男性アイドルグループである。その公式バラエティーコンテンツ「GOING SEVENTEEN」。全123話、字幕にして11万行あまりを、私はすべて数えてみた。
すると、意外な数字が出た。メンバー同士の会話のうち、はっきり判定できたフレーズのおよそ7割が「タメ口」だったのである。
韓国といえば、年上には敬語、という厳しい上下関係のイメージがある。しかもセブチの13人は、年齢がバラバラだ。それなのに、7割がタメ口。「なんだ、じゃあセブチは上下のないフラットなグループなんだ」と結論づけたくなる。
ところが、同じ字幕をもう少し数えると、話がひっくり返る。年上を呼ぶ「ヒョン」――韓国語で、年下の男性が年上の男性を呼ぶときの「兄さん」にあたる言葉――が、なんと約4000回も出てきた。1話あたり平均30回以上。タメ口だらけなのに、「ヒョン」という呼び方を続けている。
もちろん、これはSEVENTEENというグループの特徴でもある。すべてのK-POPアイドルが、ここまで言葉を崩して話しているわけではない。グループによっては、年上・年下の区別がもっと表に出ることもあるし、敬語が長く残る場合もある。逆に、長く一緒に活動するほど、語尾がどんどんくだけていくこともある。
つまり、タメ口は単に「礼儀がない」という意味ではない。親近感の表れである。その意味で、セブチは言葉遣いがかなりくだけたグループだ。タメ口で話し、冗談を言い、強くツッコむ場面も少なくない。親しくなれば自然に使われているのである。
▽タメ口は崩せる、でも「ヒョン」は残る
日本でも、兄弟や親しい先輩後輩のあいだでは、呼称は残したまま口調だけくだけることがある。「お兄ちゃん」と呼びながらタメ口で話すこともあれば、「先輩」と呼びながら冗談を言い合うこともある。
もう少し近い例を挙げるなら、日本のお笑い業界かもしれない。芸人が先輩を「兄さん」「姉さん」と呼ぶ、あの感覚である。楽屋ではかなりくだけた言葉で笑い合い、ときには強くツッコむ。それでも「兄さん」「姉さん」という呼び方は、年上・年下の関係を示す呼び方として残る。口調は崩れても、呼称には先輩後輩の関係が残っている。韓国語の「ヒョン」も、これに近い。ただし韓国語では、それが一部の芸能界や職能集団だけでなく、より広い日常の人間関係の中でも広く使われている。
セブチの会話を見ていると、焦点は「敬語か、タメ口か」ではないことがわかる。親しくなれば口調はくだける。一方で、年下は年上を呼び捨てにせずに「ヒョン」と呼び続け、上下関係を保っている。年上に対する口調と呼び方は、必ずしも連動していないのである。
▽韓国語には「さん」がない
日本語には「さん」という呼び方がある。年上でも、年下でも、初対面でも、「田中さん」と呼んでおけば大きな失礼にはならない。相手との上下関係を決めなくても、会話を始められる便利な呼び方である。
一方、韓国語には日本語の「さん」に当たる言葉がない。「シ(氏)」という呼び方はあるが、同年代や目下の相手に、フルネームや名前を添えて使うのが一般的だ。年上には「ヒョン」など、その相手に応じた呼び方を選ぶことになる。
つまり韓国語では、「さん」で曖昧にやり過ごすことができない。相手が誰で、自分とどういう関係なのかを先に決めて、それに応じた呼び方を選ばないと、最初の一言が出せないのだ。
ここで重要なのは、呼び方を決めることが、口を開くための前提条件になっているということだ。相手が誰で、自分より年上なのか年下なのか。親しい相手なのか、まだ距離のある相手なのか。そこを決めないままでは、どの呼び方で話し始めればよいのかが定まらない。
ここまで来ると、最初の疑問が解ける。韓国の人が初対面で年齢を聞くのは、失礼どころか、その逆だ。年齢を聞くのは、相手との関係をきちんと結ぶための、いわば最初のあいさつのようなもの。「あなたと私は、どういう関係でいきましょうか」を確認する、丁寧な手続きなのである。
▽年齢を隠す恋愛番組
「そんな年齢の秩序、今どき薄れているのでは?」と思うかもしれない。それを逆説的に証明してくれる番組がある。ネットフリックスでも人気の恋愛リアリティー番組「脱出おひとり島」だ。
この番組では、出演者は互いの年齢や職業を明かさない。年齢が分かると、どちらが年上かが決まり、自然と敬語や呼び方も決まってしまうからだ。まずは年齢を気にせず相手と向き合えるようにする。そう考えると、このルールの意味もわかりやすい。
裏を返せば、韓国では「年齢を明かすこと」が「関係を決めてしまうこと」だという前提が、みんなに共有されているということだ。もし年齢の秩序がとうに消えた社会なら、隠す意味などない。このルールそのものが、年齢が人間関係に影響するという考えが今も残っていることがわかる。
▽「上下関係が厳しい国」?
ここまで読むと、「やっぱり韓国は上下関係の厳しい、窮屈な国だ」とまとめたくなるかもしれない。だが、それは半分しか当たっていない。
セブチの会話の7割がタメ口だった、という最初の数字を思い出してほしい。ただ、それは年齢を意識していないということではない。年下のメンバーは年上を「ヒョン」と呼び続けている。口調はくだけても、年上の呼称は使っている。
だからこそ、タメ口で冗談を言い合い、ときには強くツッコんでも、人間関係が崩れない。親しさと年齢による呼び方は、矛盾せずに共存するのである。
もちろん、この年齢秩序を息苦しいと感じる人もいる。韓国でも、年齢や上下関係をめぐる感覚は少しずつ変わってきている。
それでも、セブチの会話を見ていると、韓国の年齢の秩序は、上が下を押さえつける一方通行の窮屈さだけではないように見える。むしろ、全員が各自の位置を分かっているという安心の上に、わちゃわちゃした親密さが成り立っている。
初対面で年齢を聞くのも、タメ口で話しながら「ヒョン」と呼び続けるのも、考え方は共通している。相手との関係を曖昧にしておかない。まず年上か年下かという関係をはっきりさせてから、距離を縮めていく。年齢は「人を縛るもの」というだけでなく、安心して親しく付き合っていくためのよりどころなのかもしれない。
次にセブチのわちゃわちゃを見るとき、あの賑やかなタメ口の中にときどき挟まる「ヒョン」に、少しだけ耳を澄ませてみてほしい。
筆者プロフィール
たんふる先生(韓活韓国語ラボ)。韓国語・韓国文化研究者。NHKラジオ語学講座の講師を務めた経験を持つ。K-POP、韓国ドラマ、SNSの言葉をデータとして読み解き、教科書には載りにくい韓国語と韓国文化の面白さを発信している。







