明治時代末期から大正時代にかけて、茨城・日立鉱山の亜硫酸ガスによる煙害に対して、当時世界一となる大煙突を建設した人々の姿を描いた『ある町の高い煙突』が6月22日から公開される。本作で、鉱山の庶務係で地元住民との補償交渉にあたる加屋淳平役を演じた渡辺大に、加屋の人物像や、映画に対する思いを聞いた。
-本作は実話を基に映画化したものですが、事前に原作や資料には目を通しましたか。
(松村克弥)監督から新田次郎さんの原作本を頂きましたし、撮影に入る前に日立市にある日鉱記念館を見学させていただきました。最初に台本を読んだときにも感じましたが、足尾銅山など、こうした企業と地元住民の方々との関係を描く場合は、対立構造として、どうしても企業を敵として描くことが多いのですが、今回の日立鉱山の話は、異なる立場の人々の共生を描こうとしていたので、とてもすてきな試みだと思いました。それは、誰かが不幸になるわけではなく、みんなが幸せになるというものなので、心が和らぐ作品になると思いました。
-今回演じた加屋淳平は、企業側の代表で、最初は敵役かと思わせておいて、実は好漢というもうけ役でしたね。
確かに加屋は、最初は善人なのか悪人なのか分からないところがありますが、そう見えるのは、僕も含めて、性善説を信じている人が少ないからなのかもしれませんね(笑)。なかなかあそこまでできる人はいませんから。それは、会社や自分の利益だけではなく、地元住民のことを優先する生き方を通すことがいかに難しいかということにもつながると思います。僕自身も、加屋のような生き方ができればいいと思いましたし、映画を見る方にもそう思ってもらえるような人物として演じられれば、と思いました。
-加屋は、実在の、そう遠くない時代を生きた人物(角弥太郎)がモデルでしたが、そういう役を演じることへのプレッシャーはありましたか。
こういう近い時代の役は、その方の人となりを知っている方や親族の方もいらっしゃいますので、いつも以上に頑張らなければ、という気持ちになります。ただ、今回は本に書かれていた人物像が素晴らしく、しかもフィクションとノンフィクションの間を描いていたので、僕としては加屋が苦労した、人間らしい部分を少し足してみようと考え、そこが見る方に好かれる要素になればいいと思いました。
-加屋は、地元住民とのとの共存共栄を考える、という理想家肌の人物でしたが、演じながら感じたことは?
人は、どうしても自分の人生のことだけを考えてしまいがちですが、自分が死んだ後の他人の幸せのことも考えられるのは素晴らしいことだと思いました。煙突を立てるときに「もし煙突を立ててくれたら、人はあなたのことを100年忘れません」というせりふがありました。本当は「多額の報酬があります」と言った方が人は動くのかもしれませんが(笑)。自分の利益ではなく他者の利益を優先するという生き方が、自分が死んだ後も人々の心に残り、100年たってこうして映画になるということを知り、いろいろなことを考えさせられました。ある意味、加屋は「こうありたい」と思う理想の人物でしたが、そこにちょっと人間くさい部分も入れて、全てをまとめて付き合っていきたいという気持ちもありました。
-猟銃を向けられてもひるまない、度胸のあるところを見せるシーンもありましたね。
いくら偽物とはいえ、喉元に銃口を突き付けられたので怖かったです。ただ、あのシーンは、銃を降ろされた後で、疲れた加屋が「ふー、参った」となるところに、彼の苦労がしのばれて、人間ぽくていいなあと思いました。
-主人公の関根三郎を演じた井手麻渡さんの印象は?
関根三郎くんそのままの純朴さがありました。映画初主演なのにとても落ち着いていて、演技で悩むようなときは、一緒に煙突を立てるような気分で(笑)、2人で協力し合いながら作り上げていきました。
-そのほかの共演者で印象に残った人は?
社長役の吉川晃司さんはせりふは少ないのですが、その一言一言にとても力を入れて語られているのが分かりました。僕と技師長役の石井(正則)さんが長いせりふをしゃべった後で、吉川さんのうなずきで全部持っていかれるという(笑)。語らずとも存在感で表現するというエネルギーを感じました。
-こうした映画に出演する意義をどう感じていますか。
こうしたものは後世に語り継ぐべきだと思いますし、学校の教科書のようなものではなく、映画というエンターテインメントの部分で見せることも大切だと思います。例えば、この映画は、煙突を立てる話を通して、自分とは立場の違う人たちと手を組んで、どう乗り越えていくかという、共生を描いた作品なので、そうしたところを感じていただければと思います。
-では、最後に映画の見どころと観客に向けて一言お願いします。
今はいろいろなものが見え過ぎて、逆に本質が見えにくくなっているところがあると思います。計算の技術が進んで、この映画で関根三郎くんが言う「冷静で合理的」な人が増えたところもある。けれども、この映画の、自分の心に従って生きる人たちの姿を見て、こういう生き方もあるんだ、ということを感じてもらえたらと思います。たまには、冷静で合理的ではなく、熱くなって、人のことを思いやって、という理想を求める生き方をしてもいいと思います。
(取材・文・写真/田中雄二)
『ある町の高い煙突』
6月22日(土)有楽町スバル座ほか全国ロードショー(ユナイテッド・シネマ水戸、シネプレックスつくば 6月14日(金)先行公開)