こちらは肉厚でやわらかくて骨まで食べられる美味なるホッケに感涙しながら、
さらに角ハイをテンポよく追加しつつ、さりげなくハンサムボーイに、
「大学の専攻はなんですか」と聞いてみた。
ほんの会話のきっかけづくりだ。
「一応教育なんですけど今はちょっと(方向性)が違ってきてて」と言う顔もキラキラ見える。
当方、だんだん酔いがまわってきたらしい。
「今は色んな世界を見てみたいんですよ。お肉屋さんのバイトもすごい勉強になります。
だけど主婦のお客さんに『こんな料理を作りたいんだけどどんなお肉がいい?』って
聞かれるといつも困っちゃうんですよね…」
1000パーセント気にするな。
主婦はただ君と語らいたいだけだ。
一番高い肉を1キロでも2キロでも売りつけてやればいい。

そんな次男坊を頼もしそうに見守るマスター。
「あのう…、それにしてもカッコいいですね」
よせばいいのに、つい口をついて出てしまった。自分をのろった。飲み過ぎだ。
すると彼は「両親のおかげです」とこの上なく優等生なコメントを、
歯磨き粉のCMに出れそうなくらいクリーンな笑顔で言ってのけた。
…なんだ? この己の胸のなかにうずまく黒い敗北感は。

ふと地元の兄ちゃんは小学校の同級生が出くわしたらしく、賑やかな声があがる。
共通の友達話で盛り上がっているらしい。
「クロダ? クロダはあいつはもう死んだよ。飲みすぎだもん、ぜったい」
「まじかよ!」「まじだよ」
ってまじかよ!
時の流れはやっぱりおそろしい。

最後、やけっぱちでハンサムボーイに「ちなみに将来の夢は」と
駆け出しインタビュアーのような丸投げ感溢れる質問をすれば、
「それは、なったときに言います!」
敗北感にジェラシーをトッピングしたようなどこかやるせない気分でお会計。
帰り際、日活顔のマスターに「お店の開店当時と数年前と、ちょくちょく来てました」と
お伝えすると、「はい、店に入ってこられたときから気づいてました。忘れてませんよ」とこれまた石原裕次郎ばりの笑顔がかえってきた。
7年はやっぱり長いような気がした…。

<今夜のお会計>
角ハイボール 380円×3
景気対策セット 880円
ホッケ 380円
タコ刺し 280円
合計2,680円 食べ過ぎました…。

【店舗情報】
魚屋よ蔵
東京都中野区中野5-48-5
17~23時、日祝定休

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。