今年で21歳になる女性が心情を吐露したというよりは、経済誌の分析記事のような文章だ。こうした冷静さが本書の特徴で、仲谷は第三者による観察記のように自分のことを書く。思い込みではなく、あくまで客観的な事実のみに拠って「仲谷明香」というアイドルの現状を綴っているのである。アイドル本としては異質である。本書の使い方として最も正しいのは「その他大勢」のための「居場所探し」の本として読む、という方法だろう。
家の経済的な事情で声優養成所を辞めなければならなくなった仲谷は、レッスンのためのお金がかからないということを知ってAKB48入りを志望する。誰もが見栄えを気にして自分を飾り立てるオーディションに眼鏡をかけたまま行ったり、歌唱力のテストで玄人っぽく聞こえるナンバーではなく単に自分の好きな歌を選んだり、アイドル志願者がやりそうにないことを沢山やらかしたらしい。仲谷は「偶然アイドルになった人」だったのだ。
AKB48は秋葉原に常打ちの劇場を持っている。仲谷が選んだ戦略は、この劇場での公演をがんばることだった。ファンの人気取りではなく、AKB48の本業である公演をすべてに優先させるわけである。そのことによって仲谷は、少しずつ日々の公演のためになくてはならない人になっていく。第3章「生き残り戦略」以降の数章は、彼女のアイドルらしからぬ処世訓が語られていて興味深い。読んでいて、こんなくだりに驚かされた。
――だから、アイドルが輝きや価値を持つためには、競争に打ち勝つことが不可欠なのだけれど、そこに欠かせないのが、その勝者に敗れる敗者という役割なのである。正々堂々と戦って、華々しく散っていく、競争相手が必要となるのだ。
――だから敗者は、不要になったり、立場を追われる存在ではないのである。敗者にも、ちゃんとした居場所があるのだ。
まるでプロレスにおける悪役レスラーの人生哲学のようでもある。誰かを輝かせるためには、別の誰かが負け役を引き受けなければならない。そう考えれば、勝負の世界では負け役こそが主役だと言うことさえできるのだ。こうした視点に基づけば、「非選抜メンバー」という存在にも十分な存在意義が見出せることになる。したたかな考え方だ。こうした前向きさに学ぶところは多い。
AKB48の仕掛け人である秋元康は本書の帯に寄稿し「彼女の才能に今さらながら驚いた」と書いている。ここでいう才能とはすなわち、自分で自分の生き方をアレンジする才能のことだろう。日々の生活で不満の溜まっている人、なんとなくの不全感を覚えている人は本書を読むといいでしょう。
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