東京でのオリンピック開催を返上し、日本は太平洋戦争に突入。終わりの見えない戦争へと向かう中、オリンピックに懸ける田畑政治(阿部サダヲ)や金栗四三(中村勘九郎)たちの思いはどうなるのか…? ますます目が離せなくなってきた大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」だが、この作品に欠かせないのがVFX(視覚効果)だ。本作では全編に渡ってVFXを活用し、明治から昭和の風景をリアルに再現。第38回のクライマックス、出陣学徒壮行会の舞台となった神宮外苑競技場もVFXで作り上げたもの。その指揮を執るのは、「シン・ゴジラ」(16)などを手掛けたVFXスーパーバイザーの尾上克郎。チーフディレクターの井上剛、VFXプロデューサーの結城崇史も同席し、映像制作の舞台裏を語ってくれた。
-第38回、出陣学徒壮行会の舞台となった神宮外苑競技場はVFXで作り上げたそうですね。
尾上 第23回で初登場しましたが、神宮外苑競技場自体が今は存在しない上に、資料もあまり残っていません。だから、過去の幻影を追い掛けるようなことから始めなければならず、最初は頭を抱えました。とりあえず、撮影用に地面が土の競技場を探してもらい、何とか準備をスタートしましたが、現地には地面以外そのまま使える部分はほとんど何もない状態なので、スタンドや建物などをCGで加えることになりました。
-撮影現場との連携も大変そうですね。
尾上 自由に撮ってもらいたいと思う反面、あまりにも自由に撮られると後で困っちゃうことも多いので、「せめて、カメラは動かさずに撮影してください」と、一応、釘は刺しておくんですが、映像が上がってくると、思いっきり動いていて(笑)。「なんでこんなに動いてるんですか!」とVFXの作業やってくれる人たちからは愚痴を言われながら(笑)、日々作業を進めているところです。
-「いだてん」におけるVFX作業の難しい点は?
尾上 毎週毎週、ものすごい量の作業をこなさなければいけないことでしょうか。街に出ると、時代にそぐわなくて、絶対に映ってはいけないものが映り込んでしまいます。まずそれを、全て消さなければなりません。例えば熊本の金栗さんの実家などは、周囲の風景はそのまま使えても、屋根瓦が時代に合わず、CGでわらぶき屋根に入れ替えるような作業が必要になります。さらに、街の中を金栗さんらが走る場面も、撮影用のオープンセットは長い道路でも70メートルぐらいの距離しかないので、その奥の風景を追加したり…。目立たない部分ですが、そういう膨大な作業を確実にこなしていくのが、一番大変です。
-VFXが使われているのは、屋外で撮影した映像だけでしょうか。
尾上 スタジオで撮影した映像も、VFXで加工しているところも多いです。例えば窓の外の風景。これまでは白く飛ばし気味に明るくするだけで済みましたが、「いだてん」では大河史上初めて4KHDRという高画質なフォーマットを採用したため、ブラインドのわずかな隙間から見える外の様子も細部まで見えなければ不自然に感じてしまいます。そのため、窓外の風景も別に造って合成しなければなりません。そういう地味な作業も、今まで以上に増えています。
-映画と比べたときの作業の難しさは?
尾上 求められるクオリティーの高さとスピード感のバランスでしょうか。映画の場合、準備段階での試行錯誤や仕上げにかけられる時間が、ある程度あるんですが、今回はそういう余裕がほとんどありません。撮ったらすぐに、試行錯誤をやりながら次々とVFXの作業に入る…ということの繰り返しです。一見、映画と同じように見えるかもしれませんが、スピード感や作業手順も含めて、映画と全く違った考え方で進めなければならないです。ただ、スタッフも回数を重ねて経験を積んだ分、作業スピードやクオリティーは確実に上がってきていると思います。
-近現代を舞台にした作品でVFXを使うに当たって、時代劇と異なる難しさは?
尾上 映像が残っていることです。いわゆる時代劇の場合、本物を見た人もいないし、写真もありません。でも、映像資料が豊富に残っている近現代は、時代考証が簡単な反面、うそをつくことができません。でも、本物通りにやってもドラマとして成立しないので、程よく味つけをしていかなければならない。そのバランスが、とても難しいです。
-VFXを使ってリアリティーを高めているわけですね。
井上 それが今回、尾上さんにVFXスーパーバイザーをお願いした最大の理由になります。もともと僕は“いかにもCG”というツルっとした映像にはしたくないと考えていました。その上で、リアリティーは必要だけど、あまり作り込み過ぎず、ファンタジー的な要素もほしいと。
尾上 理屈や数字では伝えにくいものなので、井上さんと話し合いながら、「こんなことを考えているんだろうな」と、想像しながら、演出意図にだましだまし寄せていく感じで。
井上 そういう線引きの難しいあいまいなところから、相談しつつ、手探りでやってもらっています。間違いなく、VFXなしにはできなかった作品です。関東大震災後の東京や定期的に登場する日本橋の風景はミニチュアを併用したり、シベリア鉄道の車内は窓の外にLEDのパネルを置き、実際の風景を映して撮影したり…ということもやっています。
尾上 ふとしたことに違和感が出てしまうと、見ている方が物語に集中できなくなるので、そうならないように…ということを常に心掛けています。だいたい1話につき、5、6カットは頭を抱えるようなカットが出てきて、答えが出ないまま、後で何とか…とやっている感じです。先日、(脚本家の)宮藤官九郎さんから「いろいろ面倒くさいものを書いてすみません」と謝られました(笑)。
結城 今回のVFXが皆さんから評価いただけたのは、尾上さん自身が演出家としての目を持っていることが大きいと思います。普通、監督とVFXスーパーバイザーの関係では、どちらかというと技術的な面に絞った提案をするパターンが多いんです。でも、尾上さんの場合は、よりクリエーティブな点も踏まえた提言ができる。それが成功につながっているのではないかと。
尾上 最初にお話を聞いたときから、今までにない大変な作業になることは予想していました。でも、実際にやってみたら、予想以上で…。この年になって、こんなに“初めて尽くし”になるとは思っていませんでした(笑)。日々、勉強しながら…という状態で、日本では今までやってこなかったような新しい試みをさせていただいていることは間違いありません。
-第39回は満州が舞台になりますが、満州の風景もVFXで作っているそうですね。
尾上 満州は荒野にこつぜんと現れたという感じの不思議な街が多くて、中国の古い街にロシア人や日本人が入ってきたので、和洋中の風景が混在しています。ロシア正教風の尖塔があるかと思えば、中国語や日本語の看板が立っていたりと、雑多でわい雑な雰囲気もほしかったので、オープンセットで撮影した映像に、資料を見ながら塔を立てたり、空の色をそれらしい雰囲気に加工したりしています。ぜひ楽しみにしてください。
(取材・文/井上健一)