仲道郁代 撮影:石阪大輔

仲道郁代が、2027年の演奏活動40周年とベートーヴェン没後200年に向けて、2018年から10年間にわたり行っている「Road to 2027」。春にはベートーヴェンのピアノソナタを軸としたリサイタルシリーズを継続しており、来たる5月の公演では「ワルトシュタイン」中心に組み立てたプログラムを届ける。

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テーマは「音楽における十字架」。聴くことで何を受け取ることになるのか、考えずにはいられない題目だ。「ワルトシュタインの1楽章では、同音連打による横線と、上下する音階の縦線が重要な役割を果たし、この二つの線を重ねると十字架が浮かび上がります。粛々と同じ営みを続けるような同音連打と、それを貫く剣のような上下動で、運命的な出来事とそれに抗う様が表されているとも受け取れます。ベートーヴェンは作品を通じ、芸術家として背負わねばならぬものについて考えたのではないでしょうか」

併せて演奏するのは、ショパンとシューマン。「ショパンの、祖国に戻れず、それでも生きていかねばならない運命への忸怩たる想い。シューマンが、のちに妻となるクララとの結婚を反対される中抱いた、溢れる想いと苦しみ。各作曲家が背負った人生を、どう音楽に昇華させたのか。苦しみ抜いたのか、または時に夢を見たのか。心模様に思いを馳せてお聴きいただけたらと思います」

すでに幾度もベートーヴェンのソナタ全曲演奏に取り組む仲道だが、「共感だけでは弾けない。構造的なものを踏まえないと説得力のある演奏ができない」作曲家だけに、昔は苦手意識があった。「でも、一度全曲演奏会をした後、音楽評論家の故・諸井誠先生とのレクチャー付きの全曲演奏会を行ったことで、ピアニストとして私は大きく変わりました。ある音をなぜそう弾くのか考える基礎を、徹底的に刷り込んでいただいたのです」

ベートーヴェンは32曲のソナタの中で、生きることとは何かを追求した。「彼が背負った十字架が何だったのか、正しい答えはありません。聴く人それぞれが経験に応じて別のことを作品から共感できるのが、クラシック音楽のすばらしさです」

そして最後となる2027年の公演には、ベートーヴェン「ハンマークラヴィーア」とショパン「葬送ソナタ」が置かれている。「実は葬送ソナタは、亡き母の出棺の時に弾いた曲。以来、私は舞台で弾けませんでした。でも、音楽家としてこれを乗り越えなくてはならないとプログラムに入れました。シリーズを終え、その先に見える景色がどんなものなのか、まだわかりません。皆様には、同時代を生きる演奏家がどう変容していくのか、また音楽から何を思うのか、共に感じていただけたら幸せです」

取材・文:高坂はる香