――どうして花っていうの?
――私が生まれたとき、庭にコスモスが咲いていたの。植えたのじゃなくて、自然に咲いたコスモス。それを見て父さんが突然思いついたんだって。花のように笑顔を絶やさない子に育つように、って/つらいときや苦しいときに、とりあえずでも、無理矢理にでも笑っていろって。そしたらたいてい乗り越えられるから、って

19歳の花は、彼に出会ってすぐ恋に落ちた。最初に彼を見た場所は、花が通っていた大学の教室だ。彼はその大学の学生ではなく、講義にもぐっていただけだった。少しでも気をゆるめれば逃げてしまいそうになる相手に対し、花は必死に自分の気持ちを示し続ける。やがて、かたくなだった心を開き始めた彼は、花に意外な事実を告げる。彼は人間ではなかった。人の姿をしてはいるが、その正体はおおかみだったのだ。

だが、花はその事実を受け入れた。怖くない、あなただから、と。

『おおかみこどもの雨と雪』は、アニメーション監督の細田守が初めて上梓する小説作品だ。今夏、7月21日から全国で公開されるアニメーションでは、自身が監督と脚本(奥寺佐渡子と共同執筆)を手がけている。

細田監督作品といえば、2006年に公開された筒井康隆原作の『時をかける少女』が日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品、アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門特別賞などを受賞、2009年の『サマーウォーズ』ではデジタルコンテンツグランプリ経済産業大臣賞、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞などをやはり多数受賞している。本作にも注目が集まることは間違いない。「ここは映画ではどのように表現されるのか」と想像しながら小説を読む人も多いはずだ。

花は彼と愛し合い、二人の子供を授かる。姉の名は雪、弟のは雨だ。だが、親子四人の生活にはやがて悲劇が訪れた。雨が生まれた翌日に彼は姿を消し、やがておおかみの姿の骸として発見されたのだ。子供を産んだばかりの花に精のつくものを食べさせようとして、焦って狩りにでも出てしまったものか。その亡骸は、無惨に打ち捨てられた。いわゆる異類婚に分類されるプロットだが、愛した相手が非人間の物体扱いされる場面を見せるのが巧い。これで人間としての境界を越えてしまった主人公の孤独が際立つのだ。