花は貯えを切り崩しながら、二人の子供を育てていこうとする。だが、都会の真ん中での生活には限界があった。雪と雨は、気を緩めればすぐにおおかみのすがたに変化してしまうのだ。彼女は、他人の他人の目を気にせずに暮らせる田舎へと移り住むことを決意する。だが、未経験者にとって農村での生活は厳しいものになった。慣れない畑仕事に苦しめられながら、花と子供たちの田舎暮らしが始まる。果たしてそこは、彼女たちにとっての安住の地になるのだろうか。

花のような笑みを絶やさずに生きる。そう決めたヒロインが、さまざまな難事を乗り越えていく姿を見せるのが、本書の狙いの一つだろう。また、おおかみと人間の間に生まれた子供たちが、どのように育っていくのかという興味もある。正体を隠し通していけるのかという関心が、物語を推進させていくことになるのだ。子供たちを巡って緊張の高まる場面が随所にある。彼らが人形からおおかみに早変わりする場面などは、いかにもアニメーション向きだ。

(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
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読んでいて映像を欲しくなる場面があちこちにある。文章からの想像では補いきれないのだ。また、手に職がなく、貯えもほとんどないはずの花はどうやって収入を得たのか、とか、オオカミが発見されても大きな騒ぎにならないのはそういう時代設定なのか、とか、細部で腑に落ちないことも多々ある。これらはアニメーションではきちんとわかりやすく描かれているはずで、作者はやはり映像表現の人だということなのだろう。もっとも、これが最初の小説作品だということは割り引いて考えなければいけないのだが。
(なお、細田自身はtwitterで、映画鑑賞後に小説版を読むことを推奨している。ご参考まで[https://twitter.com/hosodamamoru/status/216073641564184576]

個人的に楽しみにしているのは花の表情だ。父母を亡くして他に身寄りがなく、愛する男にも先立たれてしまい、収入を得る道も途絶えて幼子2人を抱えて天涯孤独である。そうした状況で、どのような表情で、どんな声の表現で彼女は笑えるのだろうか。その笑みを見れば苦労や哀しみも吹き飛ぶ。そんな笑顔を見せてくれることを期待したいと思う。辛いときでも無理矢理笑っとけ、って素敵な教えだよなあ。

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細田守監督作品、あなたが好きな作品は?[https://ure.pia.co.jp/articles/-/6943]

すぎえ・まつこい 1968年、東京都生まれ。前世紀最後の10年間に商業原稿を書き始め、今世紀最初の10年間に専業となる。書籍に関するレビューを中心としてライター活動中。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」などなど。もっとも多くレビューを書くジャンルはミステリーですが、ノンフィクションだろうが実用書だろうがなんでも読みます。本以外に関心があるものは格闘技と巨大建築と地下、そして東方Project。ブログ「杉江松恋は反省しる!