11月17日は将棋の日。『ああ、よくある○○の日ね』と思うかもしれないが、将棋好きな徳川吉宗が、毎年この日に御城将棋(おしろしょうぎ:将軍の前で将棋を指すこと)を行ったことに由来。これを受けて日本将棋連盟が将棋の日と定めたもので、毎年この日の前後には将棋に関する様々な行事が行われている。趣味が多様化し将棋以外のゲームが増えた今日でも、まだまだ将棋は大衆娯楽や競技のひとつとして大きな位置を占めている。将棋関連のイベントには多くの老若男女が集まり、インターネットの対戦ゲームの中でも将棋の参加者は少なくない。

そうは言っても、時代の流れに逆らえないところもある。発達した技術は将棋ソフトをどんどん強くさせ、高段のアマチュアでは敵わず、将棋を生業とするプロ棋士でさえも射程に入れてきている。支える将棋人口も伸び悩んでおり、チェスや囲碁に比べて国際的な普及も、うまく行っているわけではない。せっかくの日本古来の伝統競技だ。日本将棋連盟を中心に普及や発展に頑張って欲しい。

その将棋だが、漫画に取り上げられることも多い。登場するキャラクターが将棋好きだったり、将棋を指されている場面もある。そして将棋をテーマにした漫画もたくさん描かれている。『5五の龍』(つのだじろう)、『月下の棋士』(能條純一)、『ハチワンダイバー』(柴田ヨクサル)などの名作も生み出されており、それに続けとばかりに最近でも面白い作品が連載されている。

『ひらけ駒!』
 

まず紹介したいのが、講談社の「週刊モーニング」で連載されている『ひらけ駒!』(南Q太)だ。

将棋に熱中する息子とその母親を描いた漫画で、息子の熱意に引っ張られるように、母親も将棋にはまっていく。若き日の郷田九段にうっとりしたかと思えば、主婦達の将棋仲間とチームを組んで大会に出場し、終盤に相手の王将を追っかけまわして『詰め将棋は大切』と痛感したりもする。そう、どうやらこの漫画の主人公は母親らしいのだ。もちろん少年漫画や青年漫画であっても、女性が主人公なのは珍しくない。しかし棋士に憧れた小学生の男の子が、将棋を覚えて瞬く間に有段者となる展開であれば、そちらを主人公にするのがこれまでのパターンだったはず。それを母親視点で描いていくのは、とても面白い趣向だと思う。作者が女性であることも関係しているのかもしれない。

話が進むにつれて、息子ほどではないものの、母親も将棋に上達していく。勝って喜び負けて悔しがるのは息子と変わりないが、息子が一喜一憂するのにおいても、母親らしい愛情のこもったフォローがあるのは読んでいて微笑ましい。驚天動地の派手な展開や、読者を驚かせるような強烈なキャラクターは登場しないが、将棋を知る人にも知らない人にも楽しんでもらえるはずだ。息子の宝はアマチュア三段、母親の棋力はまだまだ初心者ながら、このふたりの棋力が今後どこまで伸びていくかが注目される。息子と一緒に母親も女流棋士に……は考えすぎだろうか。現実の世界でも、親子(父親と息子)棋士は何組もいるのだが。

『雪と花』

小学館の「ビッグコミックオリジナル増刊号」に掲載されている『雪と花』(門脇由)。
将棋の強かった妹を亡くした兄が、妹の意志を受け継ぎながらプロ棋士、そして名人を目指していく。それらのキャラクター設定やストーリー展開は、ありがちと言えばありがちなのだが、スタンダードな作品には、多くの人を引きつけるものがある。絵柄に独特な勢いや雰囲気もあって、作品全体がとても魅力的に仕上がっている。

本作は小学館の第64回小学館新人コミック大賞で入選し、設定もほぼそのままに連載化された。作者が連載に慣れていないためなのか、隔月刊のビッグコミックオリジナル増刊号に掲載されているので、ややじれったく感じてしまう。『せめて月刊誌で』と思うのだが、それで内容が薄まったり作者の負担になっては無意味だろう。ここはじっくり掲載を待ちたい。連載も溜まってきたので、そろそろコミックスかと思う。発売は来年春あたりだろうか。

棋力を上げた主人公は、奨励会(プロ棋士の育成機関)に入会し、ライバル達と勝負を競いながら実力と段位を上げていく。ただ棋士一歩手前にまで来ているのだけれども、深い人間関係を築けていないのが気がかりなところ。高段棋士、女流棋士、引退した奨励会会員と、主人公が影響を与えている人々は登場する。しかし主人公に確たる影響を与えた人は少ない。妹への思いがはるかに強く残っているのは仕方のないことだと思うが、まさか名人になるまでそれを抱え続けるとは思いたくない。それを乗り越える人なり出来事なりがあるのだと予想するが、どんな形で現れるのか興味を持って読んでいるところだ。
 

『JOKER』

女性誌にも将棋漫画が連載されている。双葉社の「JOURすてきな主婦たち」に掲載されている『JOKER』(上杉可南子)だ。
この作品で視点が当たっているのは女流棋士である。男性ばかりのプロ棋士に比べて、棋力が低い女流棋士は、収入や待遇にも恵まれないのだが、そう言った環境も含めて丁寧に描かれている。主人公が男性関係で苦労したり、「おばさん」と呼ばれて『23の乙女をおばさんいうヤツは敵だ!』と面白おかしく描かれているところは、女性向け漫画誌ならではの描写だろう。

10代の頃は女流のタイトルホルダーとして活躍したものの現在は低迷していたり、片思いしていた男性を事故で亡くしたりして、ドン底で連載はスタート。更にお見合いパーティで出会った“さくら”の男に預金を持ち逃げされたりと、まさに泣きっ面に蜂の主人公。しかしそれがきっかけで小学生の男子と同居することになり、なんとなく運気が上向いている様子が伺える。同居した男の子とキスして、リラックスにつながったのか対局で勝ってしまう場面は、強引ではあるが笑みがこぼれる。年上の女性に憧れる男の子と、それに翻弄される女性。まあ、この後も障害が待ち構えているのだろうけど、主人公と男の子がどう乗り越えていくのか。どちらかと言えば未熟な2人だけに心配の面が強い。
それでも主人公はまだ23歳。女性としても棋士としても、まだまだ伸びシロがあるに違いない。嫌味を言いつつもおせっかいな兄弟子や、高齢にもかかわらず心配してくれる師匠もいるので、彼らの協力を得ながら、もうひと花もふた花も咲かせられるはずだ。

この他にも『王狩』(青木幸子)、『3月のライオン』(羽海野チカ)、『BLOOD-真剣師 将人-」(落合裕介)などの将棋漫画が各誌で連載中。冒頭3作はいずれも男性漫画家の作品だが、メイン3作品のように女性漫画家が増えている。いずれもしっかりした監修がなされており、将棋に詳しい人が読んでも不満は少ないだろう。こうした作品が生み出されるのであれば、将棋の世界もまだまだ発展の余地が大きいはずだ。漫画と現実とでタッグを組んで、大きく世界に将来にと飛躍して欲しい。

あがた・せい 約10年の証券会社勤務を経て、フリーライターへ転身。金融・投資関連からエンタメ・サブカルチャーと様々に活動している。漫画は少年誌、青年誌を中心に幅広く読む中で、4コマ誌に大きく興味あり。大作や名作のみならず、機会があれば迷作・珍作も紹介していきたい。