幕府の開国路線を猛烈に批判し、その使者となった川路聖謨(平田満)と永井尚志(中村靖日)を「知るか!勝手にしろ」と怒鳴りつけ、部屋から立ち去る攘夷派の徳川斉昭(竹中直人)。だが、慌てて追ってきた側近の武田耕雲斎(津田寛治)に「ご老公、お待ちを」と呼び止められると、気を取り直して「あの2人に、酒でも出してやれ」と告げる…。
3月28日に放送された大河ドラマ「青天を衝け」第七回「青天の栄一」の一幕だ。開国派とそれに反対する攘夷派の対立は、幕末を描く上では不可欠な要素。この場面も、その流れの中で繰り広げられたものだ。だが、それだけであれば、「酒でも出してやれ」の一言はいらないはず。むしろ、ない方が両者の溝の深さが際立ち、よりドラマチックになったに違いない。
同様な描写は、第六回でも見られた。徳川慶喜(草なぎ剛)を訪ねた開国派の老中・阿部正弘(大谷亮平)が、話題が斉昭のことに及んだ際、「私には、体調が優れぬなら、これをと。牛の乳を送ってくれました」と、意見が対立する斉昭から牛乳を送られたことを明かしていた。
いずれも具体的な場面はなく、たった一言のせりふがあるに過ぎない。だが、この一言があるとないとでは、斉昭の印象はだいぶ違ってくる。これがあることで、強硬な攘夷論者というだけではない斉昭の「思いやり」が浮かび上がってくるからだ。
対立しつつも、無闇にそれをあおるのではなく、相手を思いやる一面も描く。斉昭に限らず、本作ではそういった描写が随所で見られる。第五回、津波で遭難したロシア船乗組員を「皆殺しにしろ!」と息巻く斉昭を、側近の藤田東湖(渡辺いっけい)がいさめた場面はその代表例だ。
他にも第六回、栄一たち血洗島の青年と真田範之助(板橋駿谷)との出会いも、殺気立つ道場破りから一転、杯を交わしてたちまち意気投合した。
慶喜の妻・美賀君(川栄李奈)は、慶喜と養祖母の徳信院(美村里江)の仲に嫉妬した第六回とは対照的に、この回では慶喜に寄り添おうとする姿が見られた。
対立から和解へ。それはある意味、ドラマ作りの定石とも言えるが、本作にはそういった作劇上の都合だけではない、「思いやり」があふれているように感じる。
そもそも渋沢栄一(吉沢亮)は、「みんながうれしいのが一番」と親から教えられ、「思いやり」の心を持って育った人物。そんな栄一を主人公にした物語であればこそ、「思いやり」が作品の根底にあるのは必然ともいえる。
もちろん、全てがそうとは限らない。第四回で御用金を届けた栄一を雨の中に放置した代官・利根吉春(酒向芳)の冷淡さは忘れられないし、第13代将軍・徳川家定(渡辺大知)の慶喜に対する嫌悪感にも、やや共感しづらいところがある。
だが、それらを踏まえてなお、本作が「思いやり」を忘れずに、これから激動の幕末をどのように描いていくのかに興味が湧く。もしかしたら、そこから今までにないドラマが生まれるのかもしれない。そんな期待を込めて、今後の展開を見守っていきたい。(井上健一)