千円でべろべーろになれるせんべろ酒場、今宵は池袋。

 

 

 

 

 

 

 

 

(本店)

「ブクロの『ふくろ』で明るい時間から飲むのが最高にシアワセだ」と言ったら、
それまで私にまったく興味をしめさなかった仕事先のおじさんから、
「君はすごいやつだ。すごくいい、いいと思う」と目を輝かせて誉められたことがある。
どのあたりが株の上昇に値したのか今もってよくわからないが、
昔から「ふくろ」は私にとって憩いのせんべろ店である。
「お袋の味」を売りにする店は数あれど、
女だらけの連携プレイで客をさばくふくろの姉貴たちは、お袋という感じではない。
むしろ姉御、否、姐さん的な迫力がじわじわとにじみ出ているところがいい。
どんな訓練を(人生経験を)積んできたのか、皆やたらにさばけている。
そしてほとんどが年季の入った低音ボイス。
朝からやってる西口の本店は一階から三階まである。












(本店の中)

テーブル席とカウンター席があるが、圧倒的に人気なのはカウンター。
皆それぞれお気に入りの姉さんがいるフロアを目指し彼女の前に陣取る。
AKBでいうところの「推しメン」というやつだ。
姐さんらは全員アイドルだから、ひとりのファンにえこひいきすることはない。
「はい、いらっしゃい何にしましょー!」
刺身に天婦羅、フライに煮物。300円から500円が主流だ。
壁にダダーっと並ぶメニューと日替りのボードを見て、
「どうしよう、何食べよう」ともたもたと逡巡すれば、「じゃ先にビールね!」と
何のアドバイスもヒントも与えず、シュッポン! とビールの栓を抜く。
このあとが大切なひとこまだ。

グラスが前におかれ、「はい、お疲れさま」とお酌をされるのだ。
何度行ってもこの最初の一杯にドキドキしてしまう。
大瓶のビール450円のせんべろ酒場にして、姐さんのお酌つき。
そんなわけで、夜更けになればカウンターに突っ伏して寝込むおっちゃんの姿もあるわけだが、
その起こし方が姐さんたちは容赦ない。
つるっと地肌がむきだしで突っ伏すおっちゃんの後頭部に、
ロックアイスをひとつぶ置いて、刺激を与えていたのには驚いた。

「おとーさーん、飲みすぎですよー、ちゃんと帰りなさいっ」
酔っ払いは怒られたい。これは不変の真理である。

さて。
たいがい「ふくろ行こうか」というときは西口の本店だが、
今宵訪れたのは池袋は東口、美久仁小路の中にある支店だ。
テンションが高い日はオオバコの西口。しみじみ飲みたいときは渋めの東口だ。
U字カウンターに小上がり、テーブル席がある。













(横丁「美久仁小路」内にある東口店はここだ)

茶髪でほんのりオオカミカットが入ってる姐さんが最近の私の一番のお気に入りだ。
どんなに混んでも慌てない。本店と違って二人で回しているのがすごい。
例によって姐さんからビールを恐縮しながら注いでもらう。
連れの後輩カメラマンOが、「すんません、いや嬉しいっす」としつこく連発する。
つづいてさくさく揚がったレンコンのはさみ揚げやイカの塩辛、
キビナゴの刺身などを食べつつ焼酎にシフトする。













 












 














 

ここは自社で製造から瓶詰めまでやっているらしく、一本190円(一合)だ。
これに130円の炭酸を追加すれば3杯の焼酎ハイボールが飲めるというわけだ。
Oとおのおの手酌で焼酎を割りながら、今日のお題は、(取材に)今後行ってみたい場所だ。
私は日本の小島に「せんべろ酒場」を探しに行くのが夢である。
和民もない。笑笑もない。そんな小さな島だ。
酒場と言えない、たとえば店の軒先や集会所や村長さんちの庭などが居酒屋と化しているのではないか? 
そんなふうに睨んでいる。ぜひ村長さんにご案内頂きたい。
と、Oに熱く語れば「連れてって下さい!」としつこく迫る。
まあいつもの光景だ。
「あんたはあんたで自分の撮りたいもの探せばいいじゃん」と
つれなくするのもいつもの私だ。夢に便乗などあり得ない。
「そうじゃなくて、ボクだって!」と食い下がるOを無視して、
姐さんにおすすめを聞くと鍋だという。


そう、「ふくろ」の冬と言えば、鍋である。
ポイントはカウンター席。
テーブル席だと二人前からの注文だが、カウンターなら一人前から頼める。
おすすめのはまぐり鍋はなんと600円。














旅館で出てくるような小さなろうそくで燃やす鍋で出てくる。
シュポっと姐さんがろうそくに火をつける。
「ボク、なんでもやります! いいの撮りますからっ」
焼酎で酔っぱらったOが今夜はとくにひつこい。
「いい年こいて何でもやるとかってのもどうかねえ。二十歳のヤングじゃあるまいし」
そんな私に、Oがすわった目で言う。
「じゃあ聞くけど勝算は、採算は!」
見るとほんのり目が潤んでいる。めんどくさいやつだ。
「ないよ。そんなことゆってるから出世できないんだよアンタ」と冷酷にとどめをさしてやる。
ここ最近、めでたく婚約したOは男のくせにマリッジブルーなんである。
「金勘定って一番大事っすよおお」と吠えるのは、小遣い制になるからである。
ふと大きなつぶのはまぐりがばっくり開いて、いい匂いの湯気が立ち上った。













無言で貝をみつめる私とO。ぶくぶく煮立つ鍋はささくれ立った心をマイルドにする。
ビールもう一本! とOはやけっぱちに叫びながら袖口で目尻をごしごし拭いた。
「わかりました。じゃあ、がんばってください」
君こそがんばれ。
「あいよー、ビールねえ」
姐さんが瓶の栓を威勢良く抜く。
「はいどうぞ」とOのグラスに注がれる。
しょげてるOが哀れだったか、二杯目のお酌は特別サービスだ。
「あざーっす!」と言いながらうめえうめえと貝を食べるO。
帰り際、「じゃあ、会計はきっちり割り(勘)で」と鼻の穴を膨らませる。
あたり前だ。
懐にやさしいブクロの「ふくろ」。
お小遣い制の皆様へ。特に「ふくろ」東口店のおすすめは毎月1日。
なんと料理全品半額デーですよー。

<今夜のお勘定>
瓶ビール(大)450円×2
焼酎 190円×2
炭酸 130円×2
はまぐり鍋 600円
レンコンのはさみ揚げ 300円
イカの塩辛 300円
きびなごの刺身 400円(多分)
お通し 250円×2
二人で合計3640円(ぐらい)

【店舗情報】
池袋「酒場 ふくろ」東口店
住所:東京都豊島区東池袋1-23-12
16時~24時
日曜休

 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。