渋沢栄一役の吉沢亮

 NHKの大河ドラマ「青天を衝け」が12月26日、いよいよ最終回を迎える。激動の幕末から近代日本を駆け抜けた日本資本主義の父・渋沢栄一の物語がどのように幕を下ろすのか、別れを惜しみつつも、期待しながら待っている視聴者も多いに違いない。その放送を前に、主演の吉沢亮と最終回を担当した本作のチーフ演出・黒崎博氏が、この1年を振り返ってくれた。

-いよいよ最終回ですが、1年間この作品に関わる中で、主人公の渋沢栄一に対する思いはどんなふうに変わりましたか。

吉沢 撮影に入る前は、調べれば調べるほど、偉大な功績を残した話ばかりが出てきて、とんでもないスーパーヒーローを演じるんだな、という印象がありました。でも、実際に台本を頂き、現場で演じていくと、物語の主人公としての栄一にはなりますが、抜けている部分や失敗するところがすごく魅力的で、人間くさい男だな、という印象に変わってきました。

-なるほど。

吉沢 もちろん、この物語の主人公は渋沢栄一ですが、彼が91歳まで生きる中で、その瞬間、瞬間の主人公が、いろいろなところにたくさんいるんですよね。そういう人たちが成し遂げてきたことや、何かを失敗した瞬間、散っていく瞬間という時代の変化を、ずっとそばで見てきた人なんだなと。そういうところからいろいろなものをもらい、バトンを渡され、最後まで生き延び、つないでいった。そういう意味で、人に愛された人だったんだな、と強く感じました。僕も大好きでした。

黒崎 吉沢さんがおっしゃった「失敗だらけの人」というのは、すごく大事に作ろうと思っていた部分です。ただの成功者ではなく、失敗だらけの人だったからこそ、この物語の主人公足り得たのかなと。それを吉沢さんがストレートに演じてくれたおかげで、愛すべき栄一になりました。自分の中でも、いつの間にか史実上の渋沢栄一さんと吉沢さんが演じる栄一さんがないまぜになって、どっちが本当なのか全然分からない。でもそんなことはどうでもよくなるぐらい、チャーミングな人になったのではないかと思っています。だから、そこをお客さんに愛していただけたのであれば、とてもうれしいです。

-吉沢さん自身も以前おっしゃっていましたが、「新一万円札の人」という渋沢栄一のイメージが、この番組を通じて大きく変わった視聴者も多いと思います。その点については、どう感じていますか。

吉沢 皆さんが「渋沢栄一といえば『青天を衝け』だよね」と言っていただければ、僕らとしては、それだけで満足です。ただ、僕は演じていて、このタイミングで新しい一万円札になるのにぴったりの人だな、と改めて感じたんですよね。

-というと?

吉沢 経済を発展させた人という意味ではもちろんですけど、「青天を衝け」は、1人の人間がどんな動きをして、どんな思いで働き、そこにお金がついてくるのか、という「人の生活」を描いている大河ドラマだと思ったんです。渋沢さんも、道徳的な視点や合理的な視点など、いろんな視点からお金と向き合ってきた人ですよね。だから、「お金との向き合い方を考える」という意味でも、今の時代の新しいお札にふさわしい人だなと。

-確かにおっしゃる通りですね。黒崎さんはいかがでしょうか。

黒崎 やや異なる角度からの話になりますが、渋沢栄一さんは「ゼロベースの人」だと思うんです。成し遂げたことを見ても、ゼロから立ち上げることをたくさんやっていますし、現代でいえば“ベンチャーの極み”みたいなことを、今も続く大企業や大事業に次々と押し上げていったわけですから。今のはやり言葉風にいえば、“SDGs”的なことを幾つもやっている。それが本当にすごいなと。

-いわれてみれば、そうですね。

黒崎 その一方で、毎回撮影をしながら感じていたのは、吉沢さんもゼロベースで演じる人だということです。これだけ長く渋沢栄一を演じてきたんだから「こんな感じかな」でもできると思うんです。でも、そういうことは一切せず、毎回、まっさらなゼロの状態から演じる。「こんなやり方をしていたら、疲れるだろうな」と思いながら見ていましたが、そういう姿勢は栄一と重なる部分もあったなと。

-なるほど。これから新一万円札を見るたびに、「青天を衝け」を思い出す人がたくさん出てきそうな気がします。ところで、12月14日の「あさイチ」で放送されたクランクアップ時の映像で、吉沢さんが「自分が変わった瞬間は何かと聞かれたら、一生『青天を衝け』ですっていっているような気がします」とおっしゃっていましたが、その言葉に込めた思いを聞かせてください。

吉沢 1年以上同じチームで主人公をやらせていただきましたが、監督の皆さん、スタッフの皆さん、演者の皆さん、誰一人欠けることなく、そこにいた人たちからもらったもので一つ一つの要素ができていき、渋沢栄一という人物をみんなで作り上げていった感覚がすごくあります。しかもその間、うれしいことだけでなく、苦しい思いも、つらい思いもたくさんして、渋沢栄一を演じている時間は、めちゃくちゃ生きているな、と感じた時間でした。それがとても印象的だったし、こんな刺激的な現場にはそうそう出会えるものではないな、と。だから、「転機になった作品は『青天を衝け』です」と一生いっているような気がします。

-それでは最後に、最終回の見どころを教えてください。

吉沢 終わりに向けて、まとめに入るということではなく、最後まで現役でやりたいことをやって、失敗もしてと、栄一が、年を重ねても挑戦を続ける姿がこの作品の肝です。それを最後までやり切ったと思っているので、そういう部分をぜひご覧いただきたいです。

黒崎 渋沢栄一さんは、文字通り駆け抜けるように生きた人で、次から次へとこれをやった、こんなことも考えた、こんな言葉を残した、ということがたくさんあり、何とも収束し切らない物語になったなと思っています。第40回でも、この期に及んでアメリカに行くのか、と驚かれたかもしれません。でも、それは渋沢栄一さんのせいであって、われわれのせいではありません(笑)。最後までそういうエネルギーにあふれた物語になっています。吉沢さんも全身全霊で91歳の最期の瞬間まで演じ切ってくれていますので、そのパワーは伝わると信じています。ぜひ、楽しみしていてください。

(取材・文/井上健一)