3.(在職中の社員向け)偽のヘッドハンティング
ある日、どこで調べたのか、電話がかかってきます。
「Cさんですか。わたくしDと申します。実はCさんを是非ヘッドハンティングしたいという企業様がいらっしゃいまして、お話だけでも聞いていただけませんか」
Cさんはヘッドハンティングなどうけたことがないので、自分を評価してくれていると浮かれてしまいました。そして、ヘッドハンターを名乗る男とホテルのロビーで密会してしまいます。そしてヘッドハンターはこう言います。
「会社名はまだ明かせないのですが、Cさんがお勤めの企業より、規模で3倍ほどでしょうか。そこの○○部長待遇でお迎えしようと先方様は申しております。年収はおいくらですか」
「700万円くらいです」
「そうですか。そうですか。先方様は急いでいるとのことで、1500万円までなら出すとのことです」
さすがにこの待遇の急上昇にCさんは期待と不安がよぎります。本当にこの話大丈夫なのんだろうか・・・でもチャンスかもしれない。
「ただし、選考はもちろん受けていただきます。それはよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」と、選考くらいなら・・・とCさんは受諾しました。
そして、1週間後、ホテルの一室を指定されたCさんは、企業はCさんの会社と同業だが、はるかに大規模のE社で専務の肩書きをもつFという人物の名刺を渡され、面接が始まります。しかしそれは面接というよりも、F専務の説明に終始しました。
「Cさん。今回の求人は実に微妙でしてね。E社では○○部を統括する人間がいない。そこで実力がある人を探していたところ、それにCさんが適任と判断したわけです。ただ、早期に即戦力としてやってもらいたいが、Cさんの意志を確認したいと思って、およびだてしたわけです。Cさんがすぐきてくれるならいいが、そうはいかないでしょう。ただ当方も1ヶ月待つのが精一杯だが、どうですか。」
Cさんは就業規則では1ヶ月前に退職の願いを出せばいいと書いてあったことを思い出し、
「いえ、規則では1ヶ月なので、大丈夫だと思います」
事前に家族とも相談していたCさんは、E社への転職を決意しました。
「それはありがたい。それなら条件通知は持ってきてあるから、この場でお渡ししよう。ただし、この求人はいわゆる経営トップの極秘求人だから、会社に来たり、絶対に名刺の電話番号にかけてこないようにね。なにか質問があったら、彼を通してくれ」
と言って、同席していたヘッドハンターのDを指さします。
しかしCさんは慎重な性格なので、念のためE社の登記簿にF氏の名前があることを確認、企業信用調査もおこなっておきました。それから、勤めていた会社に退職願を提出しました。その後、ヘッドハンターは退職が順調に進んでいるか、いまE社での準備状況を説明してきていました。そして退職日を迎えた翌日、E社への入社に際して必要な書類をすべてそろえて、E社に初出勤しました。しかし・・・・Cさんを待っていたのは。
人事担当からの冷酷な回答でした。
「確かに当社に専務でFというものはおりますが、海外専従役員です。また、お預かりしたFの名刺は当社のフォーマットではありませんが・・・」
Cさんは、あわててヘッドハンターに連絡しますが、電話が通じません。名刺に書かれたF専務の番号にかけてもE社の代表番号にかかるだけでした。人事担当に事情を説明しても、人事担当役員の知らないところで求人が行われることはないとの冷たい返事でした。
「Cさんは、巧妙な罠にかかってしまったのです。」
まずヘッドハンターの話はすべてウソ。専務として出てきた男もニセモノ。よく見ると条件提示書の印鑑も、まるで社名の読めない印鑑でした。
あわてて、退職した会社に行き、事情を説明して、退職を撤回したいと申し出ましたが、なしのつぶて。年収につられていくような社員を雇用する必要は無いとの役員判断で、Cさんは失業しました。
だれがなぜCさんを罠にはめたのかはわかりません。推測ですが、3つのパターンが考えられます。
1.Cさんをリストラしたいが会社都合でなく自分から退職を申し出るように仕組んだ。
2.Cさんを今度重職につける予定なので、会社への本当の忠誠心を試すテストをした。
3.同業他社が戦力低下を狙って仕掛けた。
真相は闇の中です。しかしこの手の手法は、水面下でうごめいています。ヘッドハンティングの話に乗る際は、せめて会社見学等はするべきでしょう。Cさんは慎重でしたが、その点が欠けていたのです。そんな重職で雇うなら、一回ヘッドハンターに会社に行ってみたい。来客としてなら大丈夫だろうと申し出れば、この茶番劇は崩壊したはずです。うまい話には裏がある典型的な例です。
このほかにも、いろいろな人事にまつわる詐欺、詐欺まがいのエピソードはあります。人事担当者はそれに引っかかったら、軽い懲戒ではすみません。またCさんのように職を失う場合もあります。くれぐれも「石橋をたたいて壊して渡れない」くらいの慎重さが求められる時代になってきました。