魚類に関する豊富な知識で学者としてさまざまなメディアでも活躍するさかなクンの半生を、沖田修一監督が映画化した『さかなのこ』が9月1日から公開される。主人公のミー坊を演じたのんと、ミー坊との絆を深める不良の総長を演じた磯村勇斗に話を聞いた。
-今回、さかなクンという、個性の強い男性で実在の人物を演じる上で、何か意識したことはありましたか。
のん まず、本読みに行ったときに、ホワイトボードに、沖田(修一)監督の直筆で、「男か女かはどっちでもいい」という貼り紙があったので、それを見て、「あー、どっちでもいいんだ」とビビッときて、純粋にお魚が好きなミー坊を演じればいいんだと思いました。ただ、さかなクンのことはすごく研究しました。YouTubeの「さかなクンちゃんねる」を見て、喜んだときやショックを受けたときは、どんな感じになるんだろうとか。あとは、「TVチャンピオン」のときの、学生服を着た姿も研究しました。今と全然雰囲気が違って、どちらかというと、テンションが暗めで、静かな青年みたいな感じで、喜んだときだけ、拳を突き上げて喜んでいて、そこはさかなクンだなと。その要素を少し入れたいと思いました。映画ではその雰囲気よりも少し明るめに演じています。
-磯村さんは、ヤンキーだけど、怖くない、気のいい総長の役でした。
磯村 総長で不良なんですが、やっぱり沖田監督の世界観で、決して悪い人ではないので、見る人から愛されるような、愛くるしい不良を演じられたらいいなということはすごく考えました。プラス、不良に成り切れない、中途半端な総長ができれば、面白くなるのかなというところは意識しました。
-最初に脚本を読んだときは、どう思いましたか。
のん 面白かったですし、衝撃的でした。ファンタジー風味で描くところがさすがだなと思いました。さかなクンをこういうふうに解釈して、映画として描くのかと思うと楽しかったし、これを沖田監督が撮ったらと想像すると、ドキドキワクワクして、ぜひやりたいという気持ちでいっぱいになりました。もともと沖田監督のファンだったので、沖田組に参加できることを幸せだと思いました。
磯村 最初に読んだときに、とても心が温まる脚本だなと思いました。この映画は、会話劇的なところもあるんですが、みんなが愛を持って言葉を発しているという印象を持ちました。それに加えて、クスっと笑えるようなところもあるんですが、それが、笑いを狙っているのではなく、何か沖田監督らしさというか、小さな笑みみたいなものが、たくさん脚本上にあったので、読みながら、笑いながら、「あー、いい台本だな」と、つい口にしてしまうようなところがありました。脚本の段階ですてきだなと思いました。
-男性のさかなクンを女性ののんさんが演じることは、この映画のテーマの一つである「男か女かはどっちでもいい」にもつながると思いますが、実際に演じてみていかがでしたか。
のん もう最高でした。すごく幸せな現場でした。沖田監督の集中力がすさまじくて、映画のことしか考えていないから、のんのことなんて見えていなくて、(そこにいるのは)ミー坊なんだ、と(笑)。それぐらい映画にどっぷり漬かっている方なので、その空気がみんなに伝わってくるような、役者にとってはすごく幸せな現場でした。
磯村さんもそうですけど、みんな、私がミー坊をやっていることに、何の疑問も持っていないという感触がありました。だから、自分も現場に入ったときに違和感なくやれました。例えば、ミー坊が釣りをしているところに、不良たちがバイクと自転車で来るシーンがあって、撮影の合間で不良チームが宣材用の写真を撮っていて、「いいなあ」と思いながら見ていたら、磯村さんが「ミー坊も来なよ」って声を掛けてくれて。磯村さんからはミー坊にしか見えていないんだと自信がつきました。
-総長が久しぶりにミー坊に会ったときに「変わんねえなあ、おまえ」と言いますが、あれは、ある意味ミー坊に対する憧れの言葉とも取れると思いましたが、いかがでしょうか。
磯村 それも一つの解釈としてあるでしょうね。何といっても、学生時代から変わらず、魚をいちずに愛しているというミー坊の姿が、総長には輝いて見えたのでしょうし、それをとてもいとおしく感じた瞬間だったと思います。みんなが、大人になって変わっていく中で、変わらずに魚が好きで、それを突き詰めているミー坊の姿は、とてもすてきだと思いました。
-ミー坊にとっては魚ですが、お二人にとって、個人的に“好き”が続いているものはありますか。
のん 役者などのお仕事以外ですよね。ポテチの薄塩味がずっと好きです(笑)。あとは、絵を描くのもずっと好きです。
磯村 最近は、お魚かもしれません。日常的に魚をさばいたりするのが好きになりました。これもミー坊のおかげです(笑)。続編ができたら、ミー坊に魚がさばけるようになったと報告したいです。
のん 私も、この映画のおかげでバタフライナイフで魚がさばけるようになりました(笑)。
-沖田修一監督の演出については、どう思いましたか。
のん すごく楽しかったです。監督の中に「こうかな」という、“沖田節”の答えが見つかって、それに寄り添って演じていくのが、とても楽しかったです。沖田監督は、笑いがこらえられないんです。だから、スタッフに怒られるから、必死にこらえながらモニターを見たりしていて。必死で真剣なシーンが逆におかしかったり、謎の筋トレをしているシーンは『ロッキー』を意識したらしいんですが(笑)、そういうちょっとした要素が面白くて、監督のこだわりが見える演出がちりばめられているので、すごく幸せでした。監督の集中力に乗っかって演じると、自分もよくなるという循環がありました。沖田監督を見ていると、幸せな気分で映画を作るのはこんなにいいものなんだと感じます。
-完成作を見た感想を。
のん 最高の映画が完成したと思って感動しました。全部のシーンが多幸感にあふれていて、タコだけに(笑)。うまくいかないときもあるけど、ミー坊がずっとお魚が好きというのを崩さないから、それが希望になっていて、すごくいい映画だなと思いました。
磯村 本当に面白かったです。見終わった後に胸が温かくなって、のんさんが、ミー坊はもちろん、もうさかなクンにしか見えなくなって(笑)。現場でも思っていましたが、映画を見て改めてそう思いました。さっき、のんさんがタコの駄じゃれを言っていましたけど、実際のさかなクンもすごく駄じゃれを言うんです。だから、何か「血を継いでいるな。そこまで研究したんだな」と思ってびっくりしました(笑)。
-最後に、映画の見どころと観客に向けて一言お願いします。
のん この映画は、見ていただくと皆さんの希望になると思います。好きを突き進む、自分にとっての好きを信じたい人にとっては、ミー坊はヒーローなので、希望を持って見に来てください。私は、好きなことをやり続けてもいいんだということを、改めて実感しました。
磯村 誰かと比べる必要なんてなくて、本当に自分が好きなものを信じてあげる、それを応援してくれる周りの人を大切にすればいいんだよということを教えてくれる映画でもあると思うので、何か人生の教科書のようになればいいなと思います。何かを好きでいることは大切なので、それをいろんな人に伝えていけたらと思いました。
(取材・文/田中雄二)