21世紀の今、西洋モダンオーケストラは世界で最も普遍的な「楽器」のひとつであることは、否定しようがない事実だ。とりわけ東アジア地域では、ことによると各地の民族伝統楽器よりも遙かにポピュラーなメディアかも。
3年ぶりに海外オーケストラを招き開催されるアジアオーケストラウィーク2022の開幕を飾るのは、アジアにオーケストラ音楽の基礎を築いたフィリピンの団体だ。日本にも西洋音楽がもたらされた戦国時代頃にスペイン植民地となり、カトリック教文化が5世紀にわたり根付いた南の島々には、世紀単位の西洋音楽文化の積み上げがある。結果としてフィリピンはアジア地域に於ける西洋音楽演奏の最先端地域であり続け、アジア各地に多くの音楽家を出してきた。余り知られない事実かもしれないが、例えば「アジアで最も古いオーケストラ」とされる上海交響楽団の前身もフィリピン人バンドなのである。
西洋音楽を文字通り血肉としてきたそんな国にあって、アメリカ統治下の1926年に設立されたマニラ交響楽団は現存する最古のオーケストラの一つだ。祭りの開幕に老舗が披露するのは、フィリピンの山田耕筰かはたまた古関裕而か、と称すべき国民的作曲家ルシオ・サン・ペドロの交響詩。盛期ロマン派の手法を用い、独立に至る歴史をコンパクトに描いたフィリピン版ミニ《我が祖国》である。そしてザルツブルクで学ぶマニラ生まれの15歳の天才チェリストの弾くエルガーは、この国の音楽文化の層の厚みをあらためて感じさせてくれるだろう。
フィリピンから北上した沖縄にも、独自の魅力的な音楽文化が存在する。2000年に地元音楽家を中心に結成され、創設以来大友直人が率いる琉球交響楽団は、音楽的な成果を着実に上げている注目株だ。地域に密着した音楽のあり方を真剣に実践し、創作ばかりかホール運営でも先駆的活動を行った作曲家中村透の沖縄伝統楽器と西洋オーケストラのコラボ作品は、この団体の他には実質演奏不可能な本場モノ、聞き逃せない貴重な機会だ。
トリを務めるのは、更に北上した朝鮮半島から「ソウルのN響」たるKBS交響楽団。世界に向け著名ソリストを排出する韓国音楽界の地力が、20世紀後半を代表する作曲家ユン・イサンの重厚深遠な交響曲第2番の楽譜に炸裂する。
(音楽ジャーナリスト 渡辺 和)
■アジア オーケストラ ウィーク 2022
10月5日(水) マニラ交響楽団
10月6日(木) 琉球交響楽団
10月7日(金) KBS交響楽団