(左)ミッシャ・マイスキー (右)マクシミリアン・マイスキー

自由で開放的な音楽。この人が日本びいきなのはうれしい。5月に続いて来日したチェロ奏者のミッシャ・マイスキー。1986年の初来日以来、これでじつに53回目の来日だという。今回の目玉は東京と名古屋でのJ.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲演奏。全6曲を第1、4、5番と第3、2、6番に分けて2日間で弾く。曲ごとの調性の組み合わせや、舞曲の構成の違いなどを吟味して割り振っているのだが、「1+4=5」「3×2=6」という数字遊びも気に入っているそう。東京公演の2日目を聴いた[10月31日(月)サントリーホール]。
第3番の冒頭〈プレリュード〉からいきなり豊かな歌が始まる。生き生きと、そしてときに床を足で踏み鳴らしながら激しく。大胆なルバートを用いることもためらわないが、“弾き飛ばす”ようなところは一小節もない。彼はこう言っている。
「よくエモーショナルな演奏と言われるけど、こだわりを持って細かく読み込んでいるからこそ自由がもたらされる。それが音楽だと思うんだ」
〈サラバンド〉の前で少し間を空けて弾き始めるのは3曲とも同様。この緩徐楽章の深い表現、とくに第2番のそれには心を打たれた。
熱演で汗をかくからか、1曲ずつシャツを着替えて出てくるのも彼のスタイルだ。おしゃれ。
そしてじつは、アンコールが大きな見どころだった。正直、3曲の無伴奏チェロ組曲だけで大満足。アンコールはなくてもいいのではと感じていたのだけれど、別趣向のサプライズが用意されていた。
無伴奏リサイタルなのにアンコールだけ意外にもピアノが用意され、スラリとしたイケメンの若者が現れた(当然のように着替えて出てきたマイスキーとお揃いのシャツ)。マイスキー家には6人の子供たちがいる。その次男のマクシミリアン君だ。「4歳の時に最初に日本に来た彼がもう18歳だよ」とマイスキー。長女リリー(ピアノ)や長男サーシャ(ヴァイオリン)がすでにデビューしているが、マクシミリアン君も続くのだろう。長くしなやかな指で美しい音を奏でた。
弾いたのはすべてバッハで、チェロ・ソナタ第3番(3楽章すべて!)、コラール前奏曲 《いざ来たれ、異教徒の救い主よ》、《G線上のアリア》を、30分ほどたっぷり。ほぼコンサート第2部だ。愛息のサントリーホール・デビューを飾る父子共演に、客席もスタンディングオベーションで応える。ハロウィンの夜のサントリーホールが親密であたたかな雰囲気に包まれた。
(取材・文:宮本明)