ソリストとして、さらに室内楽奏者としても活躍の幅を広げ、昨年からは東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校にて非常勤講師を務めるピアニストの大崎由貴。東京藝術大学を卒業後、彼女が研鑽の地として選んだのはザルツブルクのモーツァルテウム大学であった。
「大学を卒業したらヨーロッパで一から学び直したいという想いを持っていたタイミングで、偶然地元の広島でジャック・ルヴィエ先生のマスタークラスを受講させて頂く機会がありました。そこで先生が自分で課題だと感じながらもなかなか修正しきれずにいた部分を一瞬で見抜き、求めていた方向へ導いてくださったのです。またレッスンの中で先生が隣のピアノで弾いてくださる際の音楽が私の理想とぴったり合致していて…。ほとんど一瞬で心が決まり、マスタークラスの最終日には緊張しながら、“モーツァルテウムで先生のクラスに入りたいです”と伝えたことを今でも覚えています。その後無事入試に合格し、ザルツブルクへ留学が決まったときはとても嬉しかったですね」
指導者として後進を育成する中で、自らの演奏にも影響するところはやはり大きいのだろうか。
「レッスンで何かを伝える際、自分の中では感覚的にわかっていることも言葉にしてわかりやすいように話すことで、自分の中で様々なことが明確化されるので、自分の演奏にも大きな影響があります。さらに学生とのコミュニケーションを通じて、より良い演奏ができるようになりたいという真摯な熱意に心打たれることも多く、それが自分自身の演奏の原動力の一つになっています」
文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてザルツブルクで学んだことを発揮する曲として大崎が選んだのはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」。名曲中の名曲を選んだ理由を尋ねた。
「何度聴いても素晴らしい名曲で、私自身はもちろん、この曲を大好きな方は沢山いらっしゃると思います。“この曲を自分らしく表現したい”、“お客様とこの感動的な作品を一緒に楽しみたい”と思い選びました。また、2023年はラフマニノフ生誕150周年ということもあり、アニバーサリーイヤーを演奏でお祝いしたいという想いもありました。スケールの大きな作品ですが、今回は抒情的な部分や、ロシアの冷たい空気を感じさせるような繊細な美しさに特にこだわって表現したいと思っています」
最後に今後の目標について伺った。
「様々な方との出会いや経験を通じて得たことを音として表現できる音楽家になりたいです。そして音楽や作品の美しさを、聴いてくださる方と一緒に愉しんでいきたいと思っています」
取材・文:長井進之介