港区虎ノ門。オフィス街の一角に小さな喫茶店『ヘッケルン』が佇んでいる。
いつ行ってもスーツ姿の男性を見かけない日はないのだが、彼らが飲むコーヒーの脇に、必ずといっていいほど並んでいるものがある。1971年の創業以来、マスターの森静雄さんが作り続けている「ジャンボプリン」(コーヒーとセットで700円/以下すべて税込)だ。
この店のプリンは極めてシンプル。生クリームもサクランボもない、カラメルだけのプリンが人気だ
「創業当初から味を変えていません。変化は飽きるけど、素朴な味は飽きない。50歳、60歳の男性客がプリンを注文します」
老若男女問わず、ジャンボプリンが大人気!
他所ではまちがってもスイーツを頼まないであろう世代も、この店に来るとついプリンを頼んでしまうのは、お母さんが作ってくれた懐かしい味に似ているからかもしれない。
カラメルが甘すぎず卵の味わいをじゃましないところも嬉しい。
「素朴な味が卵の味を活かす。それが大事」
8時開店と同時にプリンを提供するため、森さんは毎朝始発で出勤し、5時半過ぎにプリンを作り始める。
けれど、注文してもすぐに出てこない料理もある。
たとえば、タマゴサンド(430円)がそうだ。
何事も丁寧に。それがヘッケルン・スタイル
はじめて来た客がタマゴサンドを注文すると「なぜすぐに出てこないのか」と小言を言う人もいるという。
「そんなのは無視。すぐに食べたかったらコンビニへ行きなさいって言うよ」
ゆで卵こそ用意してあるが、注文を受けてから卵の殻をむき、ボウルに入れ、マヨネーズなどの調味料を加えて混ぜる。それを切りたてのパンにはさみ、ひと口大に切って出す。
「作り置きをして冷蔵庫に入れておけばすぐに出せる。でも、座ったらなんでもすぐに出てくる風潮がおかしいんだよ」
どんなに忙しくてもタマゴサンドは作りたてを供する。
「うちのタマゴサンドは冷たくないんだ。待たされても食べれば味の違いわかるはずだよ」
プリンは別にして、誰が来てもヘッケルンでは頼まれてから作り始める。
コーヒーは時間をかけてサイフォンで丁寧に淹れる。それが創業以来52年間、森さんが守ってきたポリシー。