田島列島の同名漫画を映画化した『水は海に向かって流れる』が6月9日から全国公開される。26歳のOL榊さん(広瀬すず)と高校1年生の直達(大西利空)を中心に、くせ者ぞろいのシェアハウスのにぎやかな日常を描いた本作の前田哲監督に、映画に込めた思いなどを聞いた。
-この映画で、広瀬ずずさんが大人の女優としての新たな一歩を踏み出したような気がしましたが、演出していてどのように感じましたか。
彼女にとって、年下の人を相手にするというのは、今まであまりなかったでしょうから、今回は新鮮だったと思うし、それでトライしようと思ってくださったんでしょう。榊という役を演じてもらうに当たって、今までとは違う広瀬すずを撮ろうという意気込みがあったわけではなくて、榊という役にどのようにして入っていってもらったらいいのかなという思いでやっていました。その結果、彼女のエモーショナルな美しさが撮れました。そこがしっかり押さえられたので、よかったと思います。彼女は、テイクワンでエモーショナルなものがあふれてくるので、それを撮り逃さないようにしようと思っていました。それを映画の中に取り込めたからこそ映画が輝いた。それは彼女が輝いているからだと僕は思っています。
-「広瀬さんは、テイクワンがすごいんです」という監督のコメントもありました。
例えば、(大西)利空が泣きながら、榊さんへ感情をぶつけるシーンのリアクションは、たまっていたものが思わずあふれ出してくるところなので、カメラは止められません。最初はカット割りをする予定でしたが、その必要もないと思って、ずっと彼女の横顔を撮っていましたが、僕もスタッフもみんな見入ってしまいました。それだけの吸引力があったということですね。
-相手役の大西利空さんの真っすぐな若者像も魅力的でした。今回はオーディションで選んだそうですが、役のイメージにぴったりだったということでしょうか。
彼は(子役出身の)超ベテランなんですが、すれた感じや場慣れした感じがなくて、いつも初々しいというか、素朴な感じなんです。それと少し天然なところもあります。そこが直達にはぴったりでした。それから、人に対して壁を作らない。そばにいても心地いいという雰囲気を持っている人でした。
-実際に演出してみてイメージ通りでしたか。
もちろんイメージは作っていきますが、すずさんに対してもそうですけど、いかにそこから逸脱していくかというのが僕の演出の考えです。自分の考え通りに物事が動くと映画が小さくなっていくので、広がりを持つようなことを、どう出していくのかということです。ただ、そこには俳優同士のコラボレーションもあるし、お芝居はリアクションが大事だと思うので、そこでの相性やぶつかり合いで生まれたものがリアルなものだと思います。2人は生の感覚を大切にできて、それが演技にも出せるので、非常に相性がよかったと思います。無理をしている感じがないのでリアルだし、すごくすてきでした。
-本作のほかにも、最近の監督の活躍は目覚ましいのですが、そのどれもが、さまざまな形で家族や共同体の問題を描いた群像劇だと思います。統一感というか、意識していることはありますか。
僕の信条としての一つは「未来に向けて映画を作る」ということです。もう一つは「少しでも社会がよくなってほしい」という思いがいつもあります。映画によっていろいろな考え方があります。例えば、『ロストケア』(23)なら警鐘を鳴らす、国や行政に物申すですが、今回は、若者の背中に手を添えて、「大丈夫だよ」と優しいエールを送るような映画です。ある意味、親の勝手な都合でひどい目に遭った彼らはヤングケアラーのようだと思います。子どもは無力だけれども、それに負けずに生きてほしい、自分の人生を生きてほしいという思いがあります。基本は「一人一人が幸せに暮らせるように」というのが、僕の中に通底してあると思います。
家族だからとか、男だから女だから、大人だから子どもだからという考え方ではなく、もっと一人一人が自由に生きていいんじゃないかというのが根底にあります。『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18)でいうと、障がい者だから我慢が必要だなんて、誰が決めたんですか。食べたいからバナナを買いに行ってもらう。『大名倒産』(23)はリーダー論と幸福論をやりたかったんです。「リーダーはどうあるべきか」「人が幸せに生きるとはどういうことか」という。
究極的には「人はどう生きればいいのか。何のために生きているのか」ということになりますが、人生は不条理でとても残酷なんです。だからこそ、しんどいよね、つらいよね、頑張っているよねというよりは、からっと明るく、下を向きそうなときこそ前を向きましょうよ。ちょっとだけ目線を上げてみませんかという映画を作りたいと思っています。「人はみんな自分を励まして生きている」という気持ちです。
-田島列島さんの原作の魅力はどんなところにあると思いますか。
引いて見ると非常に厳しくて残酷で、辛辣(しんらつ)な話ですよね。それを独特のユーモアで語っている。ユーモアや笑いってすごい力があると思うんです。眉間にしわを寄せて生きるよりも、いつもにこやかに生きている方がいい。そういうことが人生にもあるので、田島さんには独特のユーモアや間があるところが面白いと思います。あとはやっぱりキャラクターですよね。僕は、映画は人間を描くことだと思っているので、田島さんが描く人間が面白い。面白いけれど人に対するまなざしが優しい。そこがすてきだと思うし、そういうものを映画でも表現したいというのが、僕の思いに通じています。
-今回は、色使いのほか、料理、雨と傘といった小道具も印象的でしたが、何かこだわったところはありましたか。
映画は観客に見てもらうものなので、どうエンタメにするかという思いは絶えずあります。ただ、派手にすればいいということでもないので、その作品に応じた表現の仕方があると思います。この映画のシェアハウスは、そこに逃げ込んだ榊にとっては、居心地がいい場所。だから観客にも、「確かにここにいたらファンタジックで居心地がよさそうだな」「住みたいな」と思えるような場所に見えるようにと考えました。雨も、人物の感情に合わせて音や量を変えています。水っぽいといえば、川や海も出てきますが、それをからっと描きたいというのはありました。全体的にじとっとしない、涙を流しても爽快な感じにするということを考えました。小道具については、観客が見て魅かれるような絵作りを意識した結果です。
-最後に映画の見どころも含めて、観客に向けて一言お願いします。
まず、広瀬すずを見てほしいです。彼女のいろんな表情や表現を見ることができる映画です。何よりもそこが一番です。あとは、どう言えば観客が来るのかなあ。「きっと大切な人に会いたくなる映画」「恋をしたくなる映画」…(笑)。やっぱり、人が人を好きになることの尊さですかね。その思いの素晴らしさを感じてもらえる映画だと思います。明日は会えなくなるかもしれない。何が起こるか分からない。だからこそ思いを伝えることが大事なんだということ。そういう気持ちでいると人は優しくなれると思います。
(取材・文・写真/田中雄二)