(C)NHK

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。7月30日に放送された第29回「伊賀を越えろ!」では、主人公・徳川家康(松本潤)の“三大危機”の一つといわれる“伊賀越え”が描かれた。

 本能寺の変で、織田信長(岡田准一)が明智光秀(酒向芳)に討たれたことを知った家康は、自分の身に危険が迫っていることを察し、わずかな家臣たちと共に、滞在していた堺から本拠地・三河に急いで戻ろうとする。その途中、野伏に襲われた家康たちの救援に駆け付けたのが、服部半蔵(山田孝之)率いる服部党の忍びだった。半蔵らの提案により、三河までの帰り道として、服部党の故郷である伊賀の国を通過するルートを選択した家康一行。その前に、多羅尾光俊(きたろう)率いる甲賀の忍び、百地丹波(嶋田久作)率いる伊賀の忍びたちが現れる…。

 こうしてこの回では、レギュラーの服部党だけでなく、甲賀や伊賀の忍びたちが多数登場。弓や刀、やりで戦う大規模な合戦とは一味違った多彩なアクションとユーモアを交えた本作ならではのエンターテインメント編となった。だが、忍びたちがもたらしたのは、アクションの面白さだけではない。普段は武士の世界を中心に進む物語の世界観を広げることにも貢献している。

 戦国時代を舞台にした大河ドラマの場合、どうしても主役になる武士の視点に物語が偏りがちだ。だが、その世界に生きているのは武士だけではない。むしろ武士は特権階級であり、その他大勢の百姓や町人の方が、はるかに数が多い。そこを描くため、これまでも作品ごとにさまざまな工夫を凝らしてきた。「麒麟がくる」(20~21)で、主人公・明智光秀に関わる人物として、戦災孤児の駒や医師の望月東庵を登場させたのもその一例。大名より規模の小さい地方領主の井伊家を主役に、平民に近い目線で戦国時代を見つめた「おんな城主 直虎」(17)では、歴史上無名の百姓がレギュラーで多数登場し、その思いがよりストレートに描かれてきた。

 そして本作では、平民や百姓と同様に、忍びたちも世界観を広げる役割を担っている。この回では、服部党の大鼠(松本まりか)が、自分たちを捕らえた百地丹波に向かって「俺たちの親は、穴倉で虫っこ食って暮らしとった。でもこの殿(=家康)は、まともな暮らしができるようにしてくださった。俺たちを人並みに扱ってくださったんだ」と訴えていたが、そこには武士には見えない社会の底辺に生きる者の思いが込められている。同時にこの言葉からは、主君としての家康の優しい人柄や懐の広さも伝わってくる。さらに言えば、言葉で語らずとも、家康やその家臣たちとは比べ物にならない忍びたちのみすぼらしい格好を見れば、武士との格差は一目瞭然だ。

 また、「その首を明智光秀様にくれてやるのじゃ」というせりふをはじめとする百地丹波と捕らわれの身となった家康の一連のやり取りも印象的だ。ここからは家康寄りの視点とは違った本能寺の変に対する世間の反応が伝わり、物語世界の広がりをより実感できる。

 終盤、家康に伊賀越えの功績を認められた半蔵が、「わしもこれで側室くらいは…」と肩を抱いた大鼠から腹に一撃食らうユーモラスな場面もあったが、単なる戦闘要員とは違った忍びたちのドラマも徐々に浮かび上がってきた。その存在がドラマをどう豊かに彩っていくのか、これからの行方に注目していきたい。