「α9 III」で撮影。写真の素人でも、一切のゆがみなくインパクトの瞬間を捉えることができた

また一歩、カメラが「普通」に近づいた。写真や動画は、基本見たままに撮れるのが前提だ。しかし、技術的な問題で見た目とは全く違って写り、普通ではなくなってしまうことがある。例えば、高速で移動する新幹線から外の風景を撮るような場合。遠くの風景は問題ないのだが、電柱など近いものはゆがんで写ってしまう。カメラが止まっていても、被写体が高速で動いている場合も同様。ゴルフのスイングを撮るような場合は、クラブがゆがんで写ってしまう。動画では映像がグニャグニャと動くいわゆる「コンニャク現象」をもたらす。 ゆがみは、シャッターの構造上やむを得ないことで、避けては通れない問題だった。現在のカメラは、撮像素子の上から順番に一列づつ露光させ読み込んでいくローリングシャッターを採用している。一列ずつ画像を読み込んでいる間に、自分や被写体が動いてしまうと、その分ずれた画像が記録されてしまい、結果的にゆがんだ写真や映像になってしまうのだ。これは、フィルムカメラ時代の一眼レフでも起こっていた。細いスリットを上から下や左から右に走らせて露光するフォーカルプレーンシャッターが使われていたからだ。

ソニーが11月に発表したレンズ交換型ミラーレスカメラの新製品「α9 III」はこうした、ゆがみやコンニャクとは無縁のカメラとして話題を呼んだ。理由は「グローバルシャッター」を搭載した撮像素子を採用したことだ。これまでのように、一列ずつ読み取る方式ではなく、全画素を同時に露光させて読み取れるため、シャッター構造上、読み取り時差がない。同社では、レンズ交換型カメラとしては世界初搭載としている。ちょっとしたことのようだが、実はカメラ業界では画期的な快挙なのだ。全画素を同時に露光できるグローバルシャッターのメリットは、これだけではない。フラッシュを使った撮影でも威力を発揮する。

フラッシュを使う場合、利用できるシャッタースピードの上限は、だいたい125分の1秒から250分の1秒程度だった。ストロボが光っている間に全画素に光が当たる限界で、シンクロスピードとも言う。これ以上速いシャッタースピードにすると、画面の一部だけが帯状に明るく映るような写真になってしまう。これもゆがみと同じく、従来のローリングシャッタ―の構造上避けられない問題だった。しかし、一度に露光させることができれば、どんなに早いシャッタースピードでも全画素に同時に光が当たるため、シンクロスピードはそのカメラの最も早いシャッタースピードと同じになる。これも画期的なことなのだ。

例えば、晴天の日中、人物を逆光で撮影する場合などに威力を発揮する。逆光の場合は、背景に露出を合わせると人物の顔が真っ黒になり、人物に露出を合わせると、背景が真っ白になってしまう。こんな時には、いわゆる日中シンクロというワザが有効だ。明るい昼間にさらにフラッシュを使うためそう呼ばれる。露出は背景に合わせ、背景の明るさと同じ明るさになるよう人物にも光を当てることで、顔がしっかりと写りバランスのいい写真が出来上がる。ところがこの場合、とても明るくなるため、レンズの絞り値をかなり上げなければならない。設定した感度にもよるが、F16やF32あたりにする必要がある。

場合によってはそれでも足りず、シャッタースピードを上げなければ露出オーバーになることも想定される。とはいえ、従来のカメラなら、フラッシュを使う以上、シャッタースピードは、最高シンクロ速度の125分の1とか250分の1以上には上げられない。一方、グローバルシャッター搭載のカメラなら、自由にシャッタースピードを設定することができる。撮影状況の選択肢が増え表現の幅が広がるわけだ。α9 IIIなら、なんと最高8万分の1秒でシャッターが切れるというから、驚きだ。

現時点でグローバルシャッターは製造コストが高く、当面は一部の高級モデルへの搭載にとどまりそうだ。α9 IIIは2024年1月26日発売の予定で、市場想定価格は税込み88万円。まだまだ普通の人が簡単に買えるようなカメラではない。しかし、カメラの構造上の都合で画像や映像がゆがむというのは、ごくごく原始的な問題。それが一つやっと解決されたわけだ。個人的にはグローバルシャッターはすべてのデジカメに搭載すべきだと思う。普通の人が何も考えず、被写体に向けただけで見たままに写る、というカメラはまだない。しかし、昨今のAIの進化やVR、ARなどの技術も取り入れれば、まばたきするだけで見たままに記録できる、究極のカメラが登場するのも時間の問題なのかもしれない。グローバルシャッター搭載カメラの登場はその第一歩ともいえるだろう。(BCN・道越一郎)

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