「本当のことをお話しします」
私から工務店へ確認の連絡をしてもいいかどうか忠彦さんに尋ねたところ、忠彦さんはかなり慌てた様子で、「私から工務店へ明細を依頼していますので」の一点張りです。
「通常、こんな高額な費用はかかりません。工務店に騙されたのでは?」と心配すると、忠彦さんはどこか観念した様子で「本当のことをお話しします」と話し始めました。
忠彦さんはお店を継ぐために地元へ戻りましたが、当初、職人さんとのコミュニケーションがうまく取れず、苦労したそうです。さらに、義母の体調も悪くなり、経営者としての重圧と家庭内の負担で疲弊した日々を過ごしていました。
そんなある日、工務店を経営する地元の友人と息抜きがてら小料理屋へ飲みに行ったところ、なんと小学校時代の同級生の女性が経営するお店だったのです。
同級生の女将に悩みごとを話すうちに、懐かしさも相まってただならぬ関係になってしまったとのこと。
そして、女将から「この店を改装したい」という希望を聞くと、自分が叶えてあげたくなり、義母の通帳から600万円を引き出し、自宅のリフォーム代として工務店へ200万円を支払い、残りの400万円を女将へ手渡したというのです。
工務店の友人は、真実がバレないように協力し、600万円の偽の領収書を作成して忠彦さんに渡してあげたというのです。
非を認め正しい領収書を作成するも、妻は怒り心頭 その後は……
忠彦さんは「妻にだけは絶対にバラさないでください」と必死です。とはいえ、額が額だけに相続税の申告書に載せないわけにはいきません。
一方、女将は400万円を受け取ったものの、もちろん贈与税を払っていません。
本来、400万円に対する贈与税は33万5,000円にもなります。贈与税はもらった人が払うべきものですが、あげた人も連帯納付義務を負うため、もらった人が払わない場合は、あげた分に相当する贈与税を払う義務があります。つまり、忠彦さんは贈与税33万5,000円を納税する義務もあるのです。
さすがに贈与税までかぶることは躊躇します。それに、妻・久恵さんへ400万円の使い道の説明がつきません。
忠彦さんは自分の非を認め、工務店の友人に正しい領収書の作成を依頼し、女将にも事情を説明しました。
女将は33万5,000円もの贈与税額に驚いていましたが、以前からリフォーム資金として、少しずつ貯金をしていたとのこと。なんとか女将は贈与税を納税できそうです。
そして、良心の呵責に耐えかねた忠彦さんは、久恵さんにも女将と自分の関係について正直に告白したのです。
それを聞いた久恵さんは「浮気した挙げ句の果て、お母さんの大切なお金まで勝手に使って! 今すぐお金を返して!」と怒り心頭で、忠彦さんのことを半日近く厳しい口調で責め立てたそうです。
忠彦さんは独身時代に貯めた貯金と毎月のお小遣いから、返済することを約束しました。
そして久恵さんは、大切な一人息子のために最終的には忠彦さんとやり直すことを選び、「私が東京にいて、お店もお母さんのことも甘えっぱなしだったのもいけなかったのよね……」と、無事にお子さんが東京の大学に合格したのを機に、地元へ戻ることを決心しました。
先日、相続税の申告書をお渡しするために忠彦さんとお会いしたときには、久恵さんと仲良くお店を切り盛りされていらっしゃいました。
ちなみに、久恵さんの監視の目は一段と厳しくなり、もう女将には会いにいけなくなってしまったとのこと。
「私も、妻が近くにいなくてさみしかったんですよね」と忠彦さん。収まるところに収まったようです。
とはいえ、忠彦さんの「妻の監視の目が厳しすぎる……」というぼやきは、この先も続きそうですが――。
(物語は2023年8月1日現在の情報と税理士の実際の体験に基づいた創作です)
高山弥生(税理士)
1976年埼玉県出身。東京税理士会 京橋支部所属、登録番号116324。 一般企業に就職後、税理士事務所へ転職。「顧客にとって税目はない」をモットーに、専門用語をなるべく使わない、わかりやすい本音トークが好評。『税理士事務所スタッフは見た! ある資産家の相続』を始めとする高山先生の若手スタッフシリーズを執筆している。
【記事協力:相続会議】
「想いをつなぐ、家族のバトン」をコンセプトに、朝日新聞社が運営する相続に関するポータルサイト。役立つ情報をお届けするほか、相続に詳しい弁護士や税理士、司法書士を検索する機能がある。