「司法書士は見た! 怖~い相続事件簿」シリーズでは、賃貸トラブル解決のパイオニア司法書士が、現場での経験も交えながら、よくある相続トラブルについて解説します。
今回のテーマは、賃貸物件に住む人が亡くなったときの問題と、解決になりうる「死後事務委任」についてです。
どこで、どこのように人生を閉じていくかという自己決定や尊厳にも関わる問題を、質問をもとに考えていきます。
40代女性から、こんな質問をいただきました。
父親とは何十年も会っていません。私が小学生になる前に両親が離婚して以来なので、もう40年以上になると思います。
そんな父が亡くなった、と父が住んでいた部屋の家主から連絡がありました。やれ部屋を片付けて明け渡せだの、契約の解約だのと、求めてきます。これってどういうことですか?
音信不通の親が亡くなっても子が相続人に
長いこと会っていないお父様が亡くなられたことで、家主から連絡があるなんて驚きますよね。
まず、知っていただきたいことは、「賃貸借契約は基本的に相続される」ということです。
親が離婚したとしても、一緒に暮らしていなくても、親権者ではなくなったとしても、その子どもは相続人になります。
子ども側が誰かの養子になったとしても、それが元々の実父母との関係性が断ち切られる「特別養子縁組」ではない限り、親子の縁は消えないんですよ。
よく「縁を切ったから知らないよ」と言う人もいますが、感情論は別として親子・家族の縁は強いものです。
そのため相談者様への要求は、家主側とすれば当然のことです。
では、どうやって家主は相談者様の存在を特定したんでしょうか。
実は日本には戸籍があるので相続人を把握することができ、住民票から家主側は相続人に連絡をすることができるんですね。
賃貸物件で独居の親が亡くなったら
賃貸物件に住んでいる人がお亡くなりになった場合、解約するまでは家賃は延々と発生していることになります。
相続人全員が、家賃を支払う義務を負っている状態です。
もし部屋を引き続き使うことがないならば、相続人が賃貸借契約を解約する必要があります。
部屋の中の物も併せて相続人が引き継いでいることになるので、室内から撤去しなければなりません。
契約を解約して室内をきれいにして家主にお返しする。これは一般的な退去の流れと一緒です。
と・こ・ろ・が!です……
長年交流がなかった場合、亡くなった方に相続財産があるかどうかわかりませんよね。
まして賃貸物件に住んでいる、ということは、おそらく不動産は所有しておらず金融資産が中心かと思います。そして財産は、プラスのものとは限りません。
借金があることだって、可能性としては十分にあるのです。
相続した後に、借金取りが押し寄せてきたとなれば大変です。
そんな中で、賃貸借契約を解約する、荷物を撤去する、という行為は、いったん財産を相続して処分したと判断されます。
つまり借金があったとしたら、それも相続したということになってしまいます。
相続には大きく分けて、
・プラスの財産もマイナスの財産も承継する「単純承認」
・そもそも相続人ではなかったことにする(何も相続しない)「相続放棄」
・プラスの財産の範囲内でだけマイナスの財産を受け継ぐ「限定承認」
の3つがあります。
限定承認は相続人全員でしなければならず厳格な手続きのため、あまり一般的ではありません。
通常は全部相続するか、全て放棄するか。この2パターンです。
相続人が賃貸借契約を解約するのは、「全部相続する」コースに進むということになるので、それ以後の相続放棄はできません。
もし亡くなった人に借金があったら、それも相続することになってしまいます。
気持ち的には家主に迷惑をかけたくないと思ったとしても、亡くなった人をよく知って交流を続けていない限り、何も考えずに相続してしまうというのは怖いものです。
そうすると、家主側の要求をすぐ鵜呑(うの)みにして対応せず、まずはこの方のように司法書士などの専門家を早めに頼ってもらえればと思います。