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 NHKで好評放送中の連続テレビ小説「虎に翼」。5月24日放送の第40回では、戦時下を生きるヒロイン・佐田(猪爪)寅子(伊藤沙莉)たちにもその影が忍び寄り、ついに夫の優三が出征することになった。優三を演じる仲野太賀が、出征前の寅子とのデートシーンを振り返りつつ、撮影の様子を語ってくれた。

-出征前の優三と寅子が河原でデートするシーンは心打たれました。

 僕にとっても、すごく印象深いシーンでした。今思い出してもつらい気持ちになります。撮影後二、三日は、悲しすぎて台本が読めませんでしたし…。ただ、そういう感覚になることは今まであまりなかったので、それくらい素晴らしい脚本に巡り合えてよかったなと。本当に大事なシーンでした。

-あの場面を演じる上で心掛けたことは?

 「私のせいで、つらい思いをさせてごめん」と土下座する寅ちゃん(=寅子)に、優三が「寅ちゃんができることは、謝ることじゃない」と言って、自分の思いを打ち明けるんですよね。今まで寅ちゃんは、自分の判断基準を“社会的な正しさ”に置いてきました。でもそれが、彼女自身を苦しめることになった。社会的地位のために優三と結婚することが正しかったのか、自分が弁護した被告を本当に弁護すべきだったのか…。そうやって自分を厳しく責め立てる寅ちゃんに、優三は「これからは、自分の“心の正しさ”を大事にしてほしい。誰かのために頑張れる人だからこそ、自分の人生を大切にしてほしい」と伝える。そんなふうに言える優三は、本当に優しい人だなと。その優しさが伝われば、と思いながら演じていました。

-優三の出征に至るまで、劇中では徐々に戦争の影が忍び寄ってきましたが…。

 戦争に行く場面が近づくにつれ、台本を読み進めるのが、苦しくなっていきました。家族のいなかった優三が寅ちゃんと結ばれ、一緒に暮らしてきた猪爪家のみんなと本当の家族になることができ、愛する娘も生まれた。法律の道には進めなかったけど、優三が心の底から欲しかったものは、家族だったんじゃないか…。そんなふうに思っているとき、戦況はどんどん悪化していくわけですから。

-やり切れませんね。

 もちろん、優三にも「なぜ戦争に自分の幸せを奪われなければいけないのか」という怒りはあったと思うんです。でも、彼の中の主語は、あくまで寅ちゃんなんですよね。常に、寅ちゃんが悲しまないように、寅ちゃんがつらい思いをしないように、と考えている。だから優三は、戦争に行くことが避けられない以上、せめて寅ちゃんを悲しませないようにしたかったんじゃないかなと。そういうところが優三らしいですよね。

-そんな優三を演じる上で心がけていることは?

 柔和で温かな優三の空気感を大事にするのと同時に、猪突猛進で物事に真っすぐ向き合う寅ちゃんとの対照性も意識し、頼りなさそうに見えつつも、内には太い芯があることを表現できたら、と思っています。

-伊藤さんとの共演の印象は?

 伊藤さんとは、あうんの呼吸という感じで、打ち合わせなしで、僕がどんな表現をしても全て受け入れてくれるので、とてもやりやすいです。思わず台本からはみ出してしまうような瞬間も、作品の世界観を損なわないように、寅ちゃんとして対応してくれますし。夫婦役も「拾われた男」(22)に続いて二度目なので、安心して思いきり飛び込むことができます。そんなふうに、伊藤さんには絶大な信頼を置いています。

-現場での伊藤さんの座長ぶりはいかがですか。

 現場でのたたずまいは素晴らしく、「尊敬」の一言です。伊藤さんがいると、現場がとても明るくなるんです。いろんな人とコミュニケーションを取りながらも、決して気を遣っているように感じさせず、本人も気負わずにいる感じで。そういう人が真ん中にいると、他の人たちも自然とそういう気持ちになり、リラックスして現場にいられるんですよね。おかげで、現場の風通しもすごくよくて。それはやっぱり、座長が作り出す空気なんだろうなと。本当に頼れる主役で、言うことなしです。スタッフも全員、伊藤さんのことが大好きなんじゃないでしょうか。

-朝ドラらしさをどんなところに感じていますか。

 朝ドラへの出演は「あまちゃん」(13)以来11年ぶりになります。ただ、前回はほんの少ししか出演していないので、今回初めて現場をしっかり体感させてもらっていますが、1週間の撮影量の多さは、朝ドラならではだなと。それでも現場の空気はすごくよくて、1週間の撮影の最後には、みんなで「お疲れ」と拍手して締めるなど、他の現場にはない温かさがあるんです。伊藤さんを中心に、このチームで朝を盛り上げていくんだという意思も感じますし、とてもいい空気が流れています。

-演じる役が年齢を重ねて成長していくことも、朝ドラの特徴ですね。

 ひとつの役を、時間や時代の変化を感じながら長期間演じられるのも、朝ドラの魅力です。作品によっては、年代ごとに同じ役を別の俳優が演じることもあるので、こんなふうに自分で最後までやり遂げられる喜びも大きくて。一つの役にじっくり向き合うことができ、自分の中で役が育っていく感覚もあるので、貴重な経験をさせていただいています。ただ、時系列通りに撮影するわけではないので、「今は何歳だっけ?」と戸惑うこともありますが、衣装部やヘアメイク部の皆さんが、場面ごとの年齢を完璧に表現してくださるので助かっています。それほど気負わずにできるのは、そんなふうにいろんな部分でスタッフの皆さんが支えてくださっているおかげです。

-それでは最後に、仲野さんの考える「虎に翼」の見どころを。

 脚本を読み、女性が社会に出て活躍することが、こんなにも難しい時代だったのかと、痛感しました。ただその分、当時の女性たちのそういう言葉にならないため息のようなものを脚本に落とし込んでいるので、痛快さがあるんですよね。「司法の世界を目指す女性の物語」と聞くと堅い感じがするかもしれませんが、寅ちゃんも猪爪家のみんなも、本当に個性豊かで、ユーモアにあふれた物語ですし。いろんな思いを背負った寅ちゃんの一生懸命な生きざまは、視聴者の皆さんの胸にも響くと思うので、頑張っているその姿をぜひ見守ってください。

(取材・文/井上健一)

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