AI(Artificial Intelligence=人工知能)に注目が集まっている。AI機能を搭載したPC(Personal Computer=パソコン)も増えてきた。しかしAIは、まだまだ発展途上の技術。PCにAI機能を搭載して、一体何が変わるのか、まったく見えない部分も多い。そこで、AI PCが今後、私たちの生活にどんな恩恵をもたらすか。予測に希望を交えながら考えてみたい。 AIブームは過去に3度あった。第1次が1960年代、第2次が80年代、第3次が2000年代とほぼ20年周期だ。今回の波は第4次AIブームと言ってもいいだろう。きっかけは米OpenAIが開発した「ChatGPT」。インターネットを通じて利用できるAIエンジンだ。普通の言葉でやりとりしながら質問への回答や文章の作成、絵画の描画や写真の生成、翻訳など多方面で活躍。これまでの積み上げでAIが獲得してきた潜在能力が、チャットというインターフェースを通じて開花。一気に広まった。しかも、精度は日々向上している。
ChatGPTを筆頭に、続々とさまざまな生成AIが登場している現状に触れ「今度のブームは本物だ」と感じる人も多いだろう。ようやく一般人にも目に見える形で、AIが貢献できるようになってきたからだ。それらのほとんどはインターネットを通じて利用するサービス。しかし、個々のPCにAI機能を搭載する動きも活発化してきた。これには、どんな意味があるのだろうか。日本エイサー、Computing事業部の谷康司 部長が「AIはもう無視できない。AI対応がスタンダードになるのは間違いない」と語るように、急速にAI PCの波が起きている。レノボ・ジャパン、コンシューマーストラテジー&プロジェクトの三島達夫 シニアマネージャーは「PCが学習していって、私のAIになる。本当の意味でのパーソナルコンピュータの時代が来る」と話す。一見、自分のPCに個別のAIを搭載する必要性は、あまりないように思える。しかし、各PCにAIを搭載してこそ、本当の意味でのパーソナルコンピュータになり得る、というわけだ。
個人的に、AI PCで今後大きな恩恵が期待できるのは、PCやデジタルデバイス内の包括的な検索だ。自分が生成したデータは、スマートフォン(スマホ)で撮る写真を筆頭にメール、メモや各種ドキュメント、動画や音声などさまざま。広い意味ではWebサイトの閲覧記録やネットショップでの回遊、購買行動の履歴もデータだ。現代人はありとあらゆるデータを生み出しながら生きている。しかしそのデータを取り出すのに膨大な時間を費やすことも少なくない。AI PCは、こうしたデータを即座に引き出す仕事を担えるだろう。例えば「10年ほど前に自分が作った無線スピーカーの企画書」を探すとして、どこに保存していたかすっかり忘れてしまっていても、あいまいな条件提示で探せるだろう。「ずいぶん前に行ったどこかの温泉宿で楽しんだ卓球の動画」であるとか、「半年ほど前に取引先から送られたメールに書いてあったせんべい屋の名前」だったり、「最近ご無沙汰している恩師の直近の住所」であったり……。
PCや自分が持っている環境のデータを丸ごと全部AIに処理させるからこそできる芸当だ。これをネットで処理するなら、自分が持っているデータをすべてネット上のAIにアップロードしなければならない。プライバシーの問題で気持ちが悪いということは確かにある。しかしそれ以前に、写真も動画も音声もとなるとデータ量が多すぎて現実的ではないだろう。だからこそ、自分のPCに搭載されたAIが活躍するわけだ。こうした、自分のデータをすべてAIに把握させておけば、例えば会社員なら、いつもの自分の文体でメール文書の草案を提案させることだってできる。あるいは作曲家なら、いつも作っている曲の作風を反映させた、新作のバリエーションをいくつでも提案させることもできるだろう。保存している写真から好みの場所の傾向を抽出し、気に入りそうな新しい旅行先を提案させたりすることだってできそうだ。要するに、パーソナルなデータをすべて個人のAIを通して処理する、ということが日常的に行われるようになる。そこでは、AI PCは不可欠な要素になる、というわけだ。
まさに、誰もが専任の秘書やコンシェルジュを雇うような感覚で、AI PCを活用するというのも、ごく近い未来の話だろう。さらに進んで考えれば、われわれが生活していく中で、自然にたまっていく膨大なデータを学習させることによって、究極的にはデジタルな分身をPCの中に生成させる、ということにもなる。場合によっては、AIに仕事を分担させることができるようになるかもしれない。いつも10時間かけてやっている単純作業を瞬時に終わらせるようなことも可能になりそうだ。
脳死あるいは心臓が停止した死後に臓器提供の可否を示す「臓器提供意思表示カード」をご存じの方も多いだろう。同じように死後、生前に生成したありとあらゆるデータをごっそりAIの学習用データとして提供する、ということも行われるようになるかもしれない。もちろん、内容は完全に匿名化され、第三者がその学習データを利用する際には、パーソナリティのエッセンスだけが活用されることになる。しかし希望すれば、身内に対しては、その人物のパーソナリティを忠実に再現したAIを作り出すこともできる。もし彼が生きていたら何と言うだろう……。それを、AIが精度高く実現するわけだ。人が生きている間に生成したすべてのデータが臓器と同じように扱われ、活用されていく……。そんな日が訪れるのも、そう遠くはないだろう。AI PCの登場は、そんな未来を予感させる。(BCN・道越一郎)