NHKで好評放送中の連続テレビ小説「虎に翼」。女性として日本で初めて法曹界に飛び込んだ主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の物語は、いよいよ最終週を残すのみとなった。第1回から登場し、裁判官として法律の道を志す寅子の歩みを厳しくも温かく見守ってきたのが、第5代最高裁長官に就任した桂場等一郎だ。最終盤を迎えた今、桂場を演じる松山ケンイチが、役に込めた思いを語ってくれた。
-松山さんご自身と似ている点など含め、桂場という人物をどのように解釈しているか、教えてください。
桂場のモチーフになった方は、剣道の経験があったそうなので、“武士の精神”を取り入れたいと思っていました。だからこそ、物事に対する厳格さには研ぎ澄まされたものがあり、“司法の独立”にもこだわり、ほんの少しでもブレるわけにはいかないと、自分を律しているのだろうと。僕自身にはそこまでの厳格さはなく、周りの常識やルールを受け入れつつ、その中で自分がどう幸せに生きるかを考えるタイプなので、まったく違います。ただ、桂場が団子好きなように、僕も甘いものは好きなので、そこは似ていますね。
-どんなときも変わらない仏頂面が印象的な桂場ですが、どのように役を作り上げていったのでしょうか。
桂場はある意味、仏頂面が基本で、自分の心情を語るわけでもありません。ただ、それをそのまま表現するだけでは、単なる“記号”になってしまいます。だから、仏頂面をどこまで崩し、どこまで芝居で“遊ぶ”ことができるのか、常に探っています。表情の代わりに、桂場の好物である団子や手など、他の部分で表現できることもたくさんあるので、いろんな表現に挑戦しています。
-具体的にはどのようなことでしょうか。
例えば団子も、桂場が食べようとすると、寅子に話しかけられることが多いのですが、そのとき、無視して食べてもいいのに、手を止めるわけです。それだけでも桂場の人間性は、見ている方になんとなく伝わりますよね。あるいは、「置く」ということも考えられますが、桂場はそれもしない。そうすると、団子を食べるのか、寅子の話を聞くのか、迷っている表現になるんです。そんなふうに、いろんな芝居を探ることができるので、とても勉強になりますし、それを許してくださる現場の皆さんにも感謝しています。
-「虎に翼」の物語の中で、桂場はどのような役割を担っているとお考えでしょうか。
寅子と桂場の恩師の穂高先生(小林薫)が、男性も女性も、みんなで法について考えることの大切さを説いていました。桂場はそれを「理想論だ」と言っていましたが、実はそこに一番こだわっているのが桂場です。そのために最高裁長官となった桂場は、時代が変化していく中で、古くなっていく法律の考え方や価値観を、いかに現代の解釈とすり合わせていくのか、取り組んでいます。その一方で、家庭裁判所の立場から変えていこうとしているのが寅子です。その中で、“司法の独立”の理想を追求する桂場は、寅子とぶつかる場面も出てきています。そういった意味も含め、これまでを振り返ってみると、桂場は寅子にとってときには味方で、ときには敵になる存在だったと思います。
-視聴者の反響で印象的だったことは?
僕は小道具を使って表現することが好きなので、現場でいろんな小道具を試しています。その中で、「これは誰も気付かないだろうな」と思ったものが、意外と視聴者の方に気付かれていたりするんです。そこまで見ている方がいるのかと驚くと同時に、怖さも感じました。つまり、画面に映る全てが表現につながるので、指の先まで何を表現すべきか意識しなければいけないんだなと。逆に、表現したくなければ、動かさないようにしなければいけない。そういう意味では、身体全体で役を表現することの怖さや大切さを、皆さんのSNSの反応から気付かせていただきました。
-主演の伊藤沙莉さんの印象は?
毎日撮影が進む中で、“電池切れ”することがないのが、本当にすごいと思っています。僕が大河ドラマ(「平清盛」12)のときに経験したことですが、“電池切れ”すると、役の方向性が迷子になり、どんなふうに修正したらいいのかさえ、考えられなくなってしまうんです。でも、沙莉ちゃんを見ていると、そういう迷いが一切感じられません。物語が進むと、役の年齢も環境も立場も変わってくる中で演じ分けなければなりませんが、沙莉ちゃんは迷いなくやられている。それが本当にすごいなと。
-物語は残すところ、最終週のみとなりましたが、最後に視聴者へのお言葉をお願いします。
長く演じさせていただく中で、桂場は僕にとって大切なキャラクターになりました。僕は役に自分の理想を込めるところがあるので、法と向き合う人間はこうであってほしい、という僕自身の思いが、このドラマにも大きく影響している気がします。最後の最後まで、見どころ満載で、シリアスな物語を繊細に演じつつもコミカルな描写もあり、優しさにあふれた人間讃歌になったと思います。ぜひ最後まで見届けていただけたらうれしいです。
(取材・文/井上健一)