筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして20年間活動してきました。離婚に特化した相談を受け続けてきましたが、特に難しいのは30〜40代の女性が相談する「夫」に関する事例です。
特に難易度が高いと感じるのは、夫の職業が「お寺の住職」であるケースです。文化庁の宗教統計調査(2023年)によると、日本の信者数は神道系が7,846万人、仏教系が4,640万人、キリスト教系が91万人です。住職の息子にモラハラ気質が見られることが多いのには、3つの理由があります。
まず1つ目は「甘やかされて育ったこと」です。跡継ぎが不足し、閉鎖する寺院が増えている背景には、息子が寺を継がず、一般社会で働くケースが多いことがあります。両親はなんとかして息子に寺を継いでもらいたいため、厳しくしつけることができず、結果として甘やかされます。
2つ目は「世間知らずなこと」です。寺院という閉ざされた環境で生活しているため、限られた人間としか接触せず、世間の常識とのズレに気づくことが難しいのです。
3つ目は「上から目線の意識」です。住職の息子は、周囲が父親に頭を下げる姿を見て育ち、自分も尊敬されるべき存在だと勘違いすることがあります。その結果、無条件に従わない人には辛く当たる傾向があります。
今回の相談者、琴美さん(仮名/38歳)は、まさにこのような夫を持つ女性です。彼女は「このままでは殺されると思って家を出ました」と訴えました。夫婦には9歳と6歳の息子がいますが、彼女の身に何が起こったのでしょうか。
酒癖が悪く、暴力的な夫との生活
琴美さんは「夫はお坊さんで、実家の寺を手伝っていました」と語ります。両親との同居を求められ、金銭的には楽な生活でしたが、夫とその家族には逆らえず、息苦しい日々を送っていました。
夫は酒癖も手癖も悪く、飲酒すると暴力を振るうことがありました。その日は、夕食前に夫が「俺を誰だと思っているんだ!」と怒鳴り始め、琴美さんがなだめようとすると、逆ギレして食器やグラスを投げつけ、家中の物を壊し始めたのです。恐怖に駆られた琴美さんは、二人の息子を連れて寝室に逃げ込み、鍵をかけました。
その後、夫は寝室で怒鳴り続けましたが、夜が明けると自室で寝てしまいました。これが初めての暴力ではなく、今回で4度目のことだったため、琴美さんはスマホで夫の罵声を録音し、壊された家財も写真に残しました。
離婚調停の提案と親権争い
琴美さんは筆者の事務所を訪れ、涙ながらに「離婚したいのですが、どうしたら良いでしょうか?」と相談しました。そこで筆者は、家庭裁判所での離婚調停を提案。調停は別室で行われるため、夫と顔を合わせずに済みます。DVの証拠を提出し、すぐに申立を行いました。
しかし、夫は長男の親権だけは譲らないと主張しました。「寺の後継ぎがいないと肩身が狭い」というのが理由でした。長子を重視する寺の慣習が背景にありましたが、琴美さんは専業主婦で経済的に不利な状況でした。
調停委員の助言で逆転
調停では、夫が家事や育児を全くしてこなかったことが明らかになりました。さらに夫は、長男の世話を母に任せるつもりだと発言。この無責任な態度に、調停委員は「親権を持つ者が育児を行うのが原則です」と指摘しました。しかし夫は「家のなかに上がって監視するんですか?誰が子育てをしているかなんて関係ないですよね!」と切り返したのです。
ここで、琴美さんが用意しておいた証拠が物を言いました。調停委員は「DVの加害者に子どもを預けるなんて危なすぎてできません」と叱責したのです。
「何を証拠に絶対手を上げないと言いきれるのですか?」とダメ押しをすると、夫はそれ以上言い返せず、ついに長男の親権獲得をあきらめたのです。
こうして琴美さんは2人の息子の親権を得て、夫との離婚が成立しました。
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厚生労働省の人口動態統計(2022年)によると、子ども2人の場合、母親が親権を得るケースは84%と高いですが、跡取り問題が絡むと一筋縄ではいきません。有利な状況だとしても気を引き締めて臨んだ方が良いでしょう。