10~12月期は『深夜食堂』を見て、夜中にお腹が減っていたが、今期も同じような状況になっている。その原因となっているのが、テレビ東京系水曜深夜、24時43分から放送されている『孤独のグルメ』だ。ネット系列が少ないので、今は関東、北海道、福岡くらいしか見られないかもしれない。でも、隠れ食いしん坊のために、ちょっとレポートしておこう。

『孤独のグルメ』というのは、1994~96年にかけて「月刊PANJA」に連載されていたコミックで、2008年に「週刊SPA!」で復活。文庫版と新作を加えた新装版は、累計で20万部を超えているロング&ベストセラー作品だ。現在も不定期で連載は続いている。



孤独のグルメ 新装版
久住昌之/原作 谷口ジロー/作画
扶桑社
1,200円






主人公は、個人で輸入雑貨の貿易商を営んでいる井之頭五郎。彼が仕事の営業や納品の合間に、ひとりで食事をする。この作品は、ただその場面を切り取っているだけの物語なのだ。とくに深い人間ドラマが描かれるわけではなく、淡々とストーリーは進行していく。でも、それが実に味わい深いものになっている。

中年の五郎がひとりで立ち寄るのは、オシャレな店や高級料理店ではなく、大衆食堂やラーメン屋など。時には回転寿司やコンビニだって利用する。考えの根底にあるのは、食事をする時はひとりで静かに、誰にも邪魔されず、豊かな気持ちで食べたい。その時間は救われていなくてはダメだ、というもの。五郎は、その孤高の時間を大切にして生きているのだ。

今日は何を食べるか、自分の腹は今なにを欲しているのか、それを考え、選ぶところからその“癒し”の時間は始まっている。なんたって食事をする場所は街にいくらでもある。そういう意味では、もっとも都会的な内容なのかもしれない。

グルメ作品だが、五郎が食べ物に関してうんちくを述べることはない。食べることにこだわりはあるが、詳しいわけじゃないのだ。だから、頼みすぎてしまったり、似たものをダブって頼んでしまったりなどの注文の失敗もよくする。あと、酒は飲めないが、タバコは吸う。とにかく、そんな小市民的日常を、リアルに描いているのだ。

ドラマ化に際して、主人公・五郎に選ばれたのは、長身で強面の松重豊。原作の五郎と似ているわけではないが、モノローグが多い作品なので、個人的にはあの渋い声が気に入っている。モリモリ食べる姿も体が大きいので似合っているし、少しエラが張ったアゴのラインは、食べ物をしっかり噛んでいそうでたくましくも見える。

原作者の久住昌之がドラマ化にあたって要望したのは、原作のモデルとなった店をそのまま使用しないで欲しいということ。そこでドラマでは、原作には出てこない店に五郎(松重豊)が訪れている。第1話は門前仲町の居酒屋だった。

五郎が食べたのは、まず焼とり。ねぎま、なんこつ、皮、砂肝、手羽先、レバー、つくねの7種類で、店の常連を真似て、つくねを生のピーマンに押し込んで食べるシーンもあった。その場で作るピーマンの肉詰めで、何とも美味しそうだった。さらに、ホッケステックと信玄袋。最後に和風焼きめしも食べた。しらすと梅肉が混ぜてある焼きめしは、五郎も「このアイディアはなかった」と絶賛だった。

第2話で訪れたのは、駒込の和食屋。煮魚定食を注文すると、前菜として、おでん、シチュー、煮物の中から好きなものをひとつ選べると言われ、シチューをリクエストする。五郎はさらに、ひじきの煮物、ほうれん草の胡麻和え、なめこのみそ汁も注文するが、完全に食べ過ぎである。

第3話は池袋の中華料理屋。大きく羽がついた見た目は丸い焼餃子と、細く切った豆腐の皮(木綿豆腐の表面)にきゅうりとにんじんをドレッシングで和えた拌三絲(バンサンスー)を、まずは美味しそうに食べる。そしてメインはこの店のウリである汁なし担々麺。山椒が強烈にきいた舌にしびれる四川料理で、五郎は悶絶するが、やっぱり美味しくてやめられないのだった。

ああ、改めて見返していたら、本当に食べたくなってしまった。ドラマの最後には原作者の久住昌之がロケをした店を訪れるコーナーもあり、実際の店主の雰囲気もわかるようになっている。久住昌之は五郎と違って酒を飲んでしまうのだが……。

このドラマ、夜中に食欲をそそるという意味では『深夜食堂』以上かも。太りたくない人は、本当に気をつけて見るよーに。

たなか・まこと  フリーライター。ドラマ好き。某情報誌で、約10年間ドラマのコラムを連載していた。ドラマに関しては、『あぶない刑事20年SCRAPBOOK(日本テレビ)』『筒井康隆の仕事大研究(洋泉社)』などでも執筆している。一番好きなドラマは、山田太一の『男たちの旅路』。