千円でべろべーろになれるせんべろ酒場。
その聖地として名高い東京・赤羽が最近心配でたまらない。
何かのアンケートで「住んで良かった町」ナンバーワンになったと聞いたあたりから、チェーン店がずんどこずんどこ出来始め、110円で刺身が食べられる「いこい」本店でさえもリニューアルして小料理屋のような小粋なたたずまいに変貌した。
かつて持ち味としていたアジアのサイハテ感はどこにもない。
泥だらけの作業着に、なぜかワンカップ片手にふらふらと入ってくるような不届き者ももちろんいない。
赤羽どうした!
”らしさ”はどうした!
旧友のおもかげを探しながら赤羽南口を練り歩いたある夜。
見つけた。立ち飲み「喜多屋」だ。
なんともレトロちっくなキャバレーの看板にはさまれた路地裏にやつはひっそりといた。
「オール110円•220円」の看板に胸がときめく。
すぐさま大瓶ビールの値段を確認すると390円と「いこい」と同じ。
これは、私が知る限り角打ち(店頭にお酒を飲めるスペースを設けてある酒屋)を覗いて都内最安値だ。
入り口は二つ。やけにデカい厨房をはさんで両サイドにカウンター。
大皿には大根の酢の物などが盛られていて、おばちゃん二人と若い女子(色白のリス顔)が注文を受けている。
焼き場ではシルバーグレイの頭をぴったりと7:3にわけたマスター(ちょっとダンディ)が、ものも言わずに俺の世界に入りこんで一人、串を焼いている。
貫禄溢れるおばちゃんは素晴らしい客さばきだが、あまりに忙しいと叱られそうで、新参者にはタイミングをはかるコツがいる。
私は恵比寿の黒ビール小瓶300円と煮込み110円を、連れ(30代♂、二児の父)はチューハイ220円を頼むことにする。
連れが声をかけたのはもちろんおばちゃんではなく、小リスのほうだ。
すっぴんだが化粧をすれば相当な美人顔になるはずだ。
「お姉さん、すみませーん。黒ビールと、煮込みと、それから…」
ちょっとわくわくしながら連れが注文を言い始めると、小リスはじつに不機嫌そうな顔で「あん? ニコミ? ビール?」と言い、すごい早さでボールをパスするみたいに出してきた。
その間、いっさいのスマイルはなし。
舌足らずな話し方が、海をわたってどこかの国からやってきたことを物語る。
ニッポンのケチな酔っ払いなんかより、よっぽど苦労をかさねてきたのかもしれない。
憧れのニッポン、あゆのいるニッポンと、ダルビッシュのニッポン!と思ってはるばる来たのに、小銭でぐずぐずだらだらへらへらと飲みやがって!
そんなカノジョの心の声が聞こえてきそう。
あちこちから、注文がかかるたび「あん?」を繰り返す小リス。
絵的には掃き溜めに鶴、だけどもカノジョに絡む客はゼロ。
そうするうちに、マスターの前に陣取っているらしきおっさんの声が聞こえた。
「もう一杯だけ、もう一杯だしてくれよ。カネならあるんだってばああ!」
それまで黙っていたダンディズムが「だめっつったらだめなんだ。帰れ!」と一蹴。
そのひとこまを、氷のような冷たい目で見つめる小リス。
「カネならあるって」
今時ドラマん中か赤羽の立ち飲みでしか聞けないセリフだぞ。
あるったって、110円か220円なわけだ。
だけど小リスよ、これが赤羽イズムってものなのだ、わかったら母国に手紙を書くといい。
「ニッポンには、可愛くって物悲しいせんべらーという人種がいます」と。
そして後日。
いまいちど小リスに会いたくて仕事仲間(30代♂独身)と「喜多屋」へ。
ぐつぐつ煮たって出てくるチゲ鍋に肉がでかい焼鳥、
130円のマグロぶつなどを堪能し、これは「いこい」の好敵手と認定。
「しかもちょっとあの子、気になりますわ」と早速小リスに注目する今日の連れ。
ようやく胃袋が落ち着いたあたりで、彼がふいに小リスに話しかける。
計算も注文も間違えないくせに、めんどくさいとわからないフリをする小リス。
最後、それでも懲りずに「あのぅ、すいません、領収書もらえますか?」とカノジョをつかまえている。
無言でペンを走らせていた小リスがふと顔をあげて彼を見た。
「今日ハ何日ダ?」
「多分19日です、うん19日でだいじょうぶだよ」
調子に乗って帰り際、「お姉さん、日本語上手だよね、字もきれいだし。どこから来た…の」と言い終わらぬうちに、小リスは「あん?」と言って持ち場に戻って行った。
<今夜のお勘定>
黒ビール1本 300円
チューハイ×3 660円
ハイボール 220円
まぐろぶつ 130円
タケノコ煮 110円
チゲ鍋 220円(多分)
焼き鳥 220円
二人で1860円
【店舗情報】
赤羽「酒・立ち飲み 喜多屋 」
住所:東京都北区赤羽南1-8-1
営業時間:7時~22時
無休