ついに将軍の座に就いた徳川(一橋)慶喜が、倒幕を目指す西郷吉之助(鈴木亮平)らと息詰まる駆け引きを繰り広げた末、朝廷に政権を返上する“大政奉還”を決断。歴史の転換点を迎えることになった。物語が緊迫の度を増す中、かつては“ヒー様”と呼ばれ、吉之助と行動を共にしたこともある慶喜を演じる松田翔太が、演技の裏に込めた思いを語ってくれた。
-ついに大政奉還を決断しました。当時の慶喜の心境は?
大政奉還は慶喜の判断で行ったことになっていますが、状況的に、いったんそうしておかないと立場がどんどん悪くなっていくので、そのカードを切ったに過ぎない。僕はそんなイメージで捉えています。だから、感情的になることなく、平静を保って淡々と家臣たちにそうすることを告げる。ただ、その後がどうなるかまでは分かっていないので、内心はかなりドキドキしています。「本当にやって大丈夫か?」という気持ちもあったのではないかと。結局、それが260年続いた徳川幕府の歴史を終わらせ、時代の転換点になったわけですが、今の世から見ると、正しい判断だったのではないかと思います。
-改めて、今回の出演が決まったときの感想は?
以前、(「篤姫」(08)で)徳川家茂を演じたことがあったので、今度は慶喜か、と不思議な感覚になりました。あのときは、慶喜にとても嫌なイメージがありました。家茂にプレッシャーをかけてきて、それで亡くなってしまったのではないかというぐらい、苦しい思いをしたので…。ただその分、その後の世界をどう見られるのかな、という興味が湧きました。また、僕は鈴木(亮平)くんのデビュー作に出演して、一緒に食事に行ったりしていたんです。だから今回、十数年ぶりに再会して、また一緒にできることもうれしかったです。
-慶喜には影のある雰囲気が漂いますが、演じる上で心掛けていることは?
悲しさや影のある雰囲気というのは、自分からは出さないようにしています。カメラの位置や編集などで表現できる部分でもあるので、あまり自分で表現してしまうと、そういうものが出過ぎてしまってよくない。むしろ、裏がありそうなお芝居をするよりは、ストレートにやった方が、見ている人が考えてくれる。そうすると、慶喜の強がりが悲しそうに見えてきたりするんです。
-政治の表舞台で活躍する慶喜と、世を忍んで街に繰り出していた頃の“ヒー様”との二面性についてはいかがでしょうか。
基本的にはどちらも同じです。扮装が変わればイメージが変わりますし、表舞台で活躍するようになると、発言の内容も変わってきます。ヒー様の状態では、大政奉還はできませんから(笑)。だから、おのずと変化があるだろうなと思っていたので、お芝居は特に変えませんでした。それでも、変わったように見えたのではないかと思います。
-慶喜は、かつて行動を共にしていた吉之助と対立することになりましたが、そのあたりの心境の変化はどう捉えましたか。
あれがなければ、もう少し楽だったのかなと。大局から見ると戦争ですが、吉之助と慶喜にとっては心理戦。お互いに兵を動かして、押したり引いたりの駆け引きを繰り広げる中で、昔の吉之助を知っているからこそ、それが弱みになり、ちゅうちょしてしまう。同時に、自分の性格を把握している吉之助に、そこをうまく利用されたな…と。だから、非常にやりづらいです(笑)。
-そんな吉之助を演じる鈴木亮平さんの印象は?
とても柔軟で、すごく大きな世界を見ながらやっている気がします。温かさもあって、慶喜も仲間の1人のように扱ってくれるので、一緒にやっていると、対立するシーンでもどこか愛情が感じられ、嫌われている気がしません(笑)。安心感がありますね。
-慶喜を支えるふき(高梨臨)の印象は?
僕自身は、ああいう女性は苦手です(笑)。ふきは「自分がこう思っている」という発言が少ないんですよね。それよりも「西郷さんから逃げているんですよね」みたいに、慶喜の本心をズバズバ言い当てられることが多く、悔しくなってしまうので…。ふき自身の意思が出ていれば、言い返すこともできるんですけど(笑)。ただ、将軍になっても遠慮なく物を言ってくるので、立場を超えて話ができるところに慶喜は引かれているのでしょう。
-慶喜は、ヒー様のときの町人風の装いから、お殿様らしい風格あるものまで、衣装のバリエーションが豊富です。ご自身で気に入っているものは?
御所に行くときの冠をかぶった格好が好きです。一見、真っ黒に見えますが、中に赤が入っている他、実は重ね着でいろんな色が入っているんです。かなりこだわりのある衣装で、日本人ならではの“見せない美学”みたいなものが当時からあったのかと思うと、おしゃれだなと。“モード”ですよね(笑)。
-慶喜を見ていると、松田さんが「平清盛」(12)で演じていた後白河法皇を思い出します。キャラクター的に似ている気がしますが…。
僕も思い出しました。近い部分はありますよね。ただ、人物としては後白河法皇の方が自由で、慶喜の方が政治家らしい。慶喜は、せりふに「!」が多いのが特徴です。どちらも権力の座に就きたくないと考えていた人物ですが、慶喜の方は、その気持ちが途中で変わっています。あちこちから国を変えようとする動きが出てくる中で、中途半端な位置にいるよりは、将軍になった方がいいと。だから、強い人間を演じている。自分は偉いんだと。それを表現するために、人に命令する機会が増える。そのための「!」なのかなと。そういうところは、後白河法皇とは違いますね。
-主人公と対立する役を演じるのは、役者としてはいかがでしょうか。
ヒール(悪役)を演じるのは好きです。どこか同情できるんですよね、ヒールは。主人公は共感されないと駄目ですが、ヒールは嫌われているところから、いきなり思いを寄せられることがある。そういうところが、演じる面白さです。ただ、ずっと怒鳴っているのは大変。本当はあまり怒りたくないんです(笑)。
(取材・文/井上健一)