「宇宙スタートアップの聖地」を目指す
世界的に宇宙産業の市場拡大が進むなか、日本でも官公庁はもちろん、民間においても大手からスタートアップまで多様なプレイヤーによる開発が加速している。ロケットや人工衛星だけでなく、部品加工や試作、量産までを支える裾野の広い産業として、宇宙ビジネスへの期待が高まっている。そうしたなか、東京都大田区はいち早く「宇宙産業の集積」に向けた取り組みを本格化させ、令和8年度の施策として「宇宙産業関連スタートアップ立地促進事業」の開始を決定した。その背景にあるのが、区内における高度な加工技術をもつ中小製造業の集積。リーディング産業が移り変わっても必要不可欠なものづくりの根底となる基盤技術を、宇宙分野へ応用する動きが広がり始めている。
大田区を宇宙スタートアップの聖地に!
大田区では、スタートアップ支援や区内ものづくり企業、産業支援施設とのマッチングなどを通じ、宇宙スタートアップと区内ものづくり企業などの共創を後押しする方針を掲げている。今回、その具体的な内容や、他自治体には見られない独自の支援体制について、大田区産業経済部の高齋正樹氏、田中健也氏に聞いた。
「かつて宇宙開発は、国内外ともに国家主導が中心だったが、近年は民間企業による参入が急速に進み、大手だけでなく宇宙スタートアップの存在感も高まり始めた。人工衛星やロケット開発に加え、宇宙データ利用、月面開発、部品供給など関連領域は広がり続けており、今後の成長産業として期待が集まっている。大田区では、宇宙スタートアップが集積し始めており、その大多数が区内のものづくり企業と共創している。こうした流れを受け、私たちは区内製造業の新たな活路として宇宙分野に着目した」と高齋氏。
大田区には、切削、溶接、熱処理、精密加工など、高度な基盤技術をもつ中小企業が数多く集積している。これらの技術は時代のリーディング産業と紐づく形で培われてきたが、近年は物価・エネルギー価格の上昇や国際競争の激化によって、従来型の受注だけでは成長が難しくなりつつある。そこで区は、ものづくりにおいて多様な技術が求められる宇宙産業への挑戦が、区内企業の新たな販路や高付加価値化につながると考えたという。
田中氏は、「実際、大田区が令和6年度に実施した調査では、新規顧客・新事業分野の開拓にあたって関心のある分野として“航空・宇宙”を挙げた企業が3割弱にのぼった。現時点で実際に宇宙分野へ参入している企業はまだ限られるものの、次の成長市場として宇宙産業に可能性を感じる企業が増加している」と話す。
宇宙産業支援は区の産業振興方針とも一致している。令和6年度から令和15年度の間の大田区産業振興の目指すべき姿や方向性をまとめた「大田区産業振興ビジョン」では、企業が自ら変革し、「稼ぐ力」を高めていくことを重視している。既存の加工技術や試作力、企業集積の強みを生かしながら、新たな市場である“宇宙”へ挑戦することは、まさにその方向性に合致する取り組みとなる。
その象徴的な施策として、大田区は令和8年度から「宇宙産業関連スタートアップ立地促進事業」の開始を決定。これを契機に、区内に拠点を構える宇宙スタートアップへの支援や宇宙産業関連の展示会への出展、企業マッチングなどを本格化させていくこととしている。これはもちろん一時的な支援ではなく、地域産業全体の高度化と持続的な成長につなげるという狙いがある。
また、大田区の宇宙スタートアップ支援は「区内に立地するものづくり企業との実践的な連携」を重視している点も特徴だ。
「その中核を担うのが、“大田区オープンイノベーション促進事業【OTAS オータス】”。これは、新製品を開発したいスタートアップ・大企業などと大田区企業を掛け合わせることでオープンイノベーションを起こすことを目的とした事業。区では宇宙スタートアップに対しても、事業スキームを一緒に構築する“伴走支援”や、区内外に立地するスタートアップが、区内企業へ製造・設計などを直接依頼する際、区内企業であれば最大100万円、区外企業であれば最大50万円を助成する“ユナイト助成”などで支援していく」と高齋氏は説明する。
なかでも際立っているのが、3500を超える既存の区内ものづくり事業所データベースを活用した、スタートアップへの“マッチング支援”。
「単純にその事業所が“どんな加工ができるか”だけでなく、“スタートアップへの対応に前向きか”“柔軟な試作対応が可能か”といった企業特性まで把握し、最適な連携先を紹介している。一般的に、スタートアップは図面が未完成な状態で相談することも多く、敬遠されるケースも少なくない。しかし大田区内には、そうした初期段階からでも一緒にものづくりを進めることにチャレンジする企業が多数立地している」(田中氏)という。
また、大田区内に立地するメリットとして大きいのが、企業同士の物理的な距離の近さ。万が一、設計変更や試作品の追加工等が発生した際も即座に工場へ足を運び、対面で打ち合わせしたり、不具合を調整したりすることができる。スピード感のある試作開発が求められる宇宙スタートアップにとって、この近接性は大きな強みになると思われる。
高齋氏は、「大田区には伝統的に“仲間まわし”と呼ばれる独特の文化が根付いている。これは、1社で対応できない案件でも、近隣企業同士が連携することで受注、開発を進める連携ネットワークのこと。この関係性は、既存企業同士だけでなく、スタートアップと既存企業においても同様に機能する。切削、溶接、表面処理など複数工程を地域内で完結できるため、スタートアップ側は試作開発等をスピーディーにワンストップで進めることができる」としている。
宇宙スタートアップにとって、大田区内に多様な操業拠点が設けられていることも魅力といえる。例えば、羽田空港至近の「羽田イノベーションシティ」や、その内部に設置された産業交流空間「PiO PARK」、スタートアップが多数入居する大田区南六郷創業支援施設(六郷BASE)、比較的低廉な使用料で入居できる各種「工場アパート」、1ユニット1000平米超の面積を有する「三井不動産インダストリアルパーク羽田大田区産業施設(テクノスクエアハネダ)」など、企業の成長段階に応じた産業支援施設が開設されており、都内のほかの自治体ではなかなか見られない充実ぶりだ。
田中氏は、「すでに大田区・大田区産業振興協会が主催した展示商談会において、区内企業と宇宙スタートアップの協業事例も生まれている。例えば、24年に開催したマッチングイベント『Meet New Solution in OTA』をきっかけにして協業した、桂川精螺製作所と、宇宙スタートアップのcosmobloom(コスモブルーム)のケース。運用が終了した人工衛星を軌道廃棄する際に利用するデオービット装置を開発するcosmobloomが、桂川精螺製作所に対して、デオービット装置の膜面の折畳み作業を依頼。桂川精螺製作所の自社工場において密に連携しながら試作開発に臨み、大きな成果につながったとの報告を受けている。今後も、こうした協業事例の増加に期待できると考えている」と語る。
大田区から、区内での起業を検討している宇宙スタートアップへのメッセージは明確で「まずは気軽に相談してほしい」とのこと。助成支援、拠点探索、区内企業とのマッチング、PRなど充実した体制が整っている自治体だけに、夢の挑戦は、現実のものへと変えていくことができそうだ。宇宙スタートアップと大田区内企業の共創は、これからさらに加速していくだろう。







