Apple Intelligenceはどうなっていく?

【崖っぷちのドミノの“かたじけない!”・10】ChatGPTの登場から数年、生成AI界隈は「どれだけ派手な回答ができるか」「どれだけ人を喜ばせる文章や精緻な画像を生み出せるか」という、いわばチャット性能の競い合いになっているように感じていました。個人的には、最も好きなOSを作ってくれるAppleが発表した「Apple Intelligence(アップルインテリジェンス)」は驚くほど静かに、そして地味に市場へ投入されたのではないかと思っています。ちなみに私はiPhone 12 Pro Max、iPad Air第2世代、Apple Watch 10では触ることすらできず、次女と妻のiPad 11インチを横目に見ているだけですが。

生成AIブームとAppleの静かな違和感

世間の一部では、「Appleは生成AIで完全に出遅れた」「他社に比べて機能が物足りない」という冷ややかな評価も散見されます。ネットニュースなどでも、ポジティブな初期評価が約20%程度にとどまるという話を見かけました。Intelligenceという言葉から受ける印象に対して、少し拍子抜けした人もいたのかもしれません。

でも、それは本当にAppleの「敗北」なのでしょうか。結論からいえば、「注目されていない=ダメ」ではないと思います。むしろAppleは、極めて意図的に“目立たないAI”を設計し、他社とはまったく異なるゲームを戦っているのではないかと想像しています。今回は、Apple Intelligenceがなぜ話題になりにくいのかを少しつぶやいてみようと思います。あわせて、自分が体験したことも交えながら、現在の生成AIバブルの死角と、Appleが狙う「OSインフラ化」についてもお話ししてみたいと思います。

市場の期待と「地味な機能」のギャップがあった?

2011年頃、iPhone 4Sに「Siri」が搭載されたのが、Apple初の本格的なAI機能だったと思います。そしてApple Intelligenceが発表されたとき、市場や消費者が抱いた期待は大きく、「iPhoneが魔法のデバイスに変わる」「SFのような万能AIが手元にやってくる」といった劇的なAI革命だったのではないでしょうか。

しかし、実際に順次リリースされた機能の多くは、受信した長文メールの要約、不自然なビジネス文章のリライト、通知の優先度に応じた整理、写真の不要な写り込みを消去する「クリーンアップ」といった、極めて実用的で、既存の生活の延長線上にあるものが中心でした。そのため、全体としては少し「地味」な印象になったのだと思います。妻や次女はこのクリーンアップを気に入って、iPad Airを購入。きっとそのうち飽きるので、私と長女がもらう予定です。

話を戻しますね。人は、一瞬で芸術的な絵画を描いたり、高度なプログラミングコードを生成したりするような「爆発的なエンタメ性」に注目し、こぞってSNSにスクリーンショットを投稿します。しかし、Apple Intelligenceがもたらすのは、「日々の通知がスマートに整理される」「メールの要約がより賢くなる」といった、生活の中の利便性の向上です。そうした機能は、わざわざ大騒ぎして他人に勧めたくなる種類のものではなかったのだと思います。

しかも、私たちはすでにHey Siriなどを通して、知らず知らずのうちにAIの恩恵を受けてきました。つまり、「弱いから注目されていない」のではなく、「日常に溶け込みすぎていて、誰も騒ぎ立てない」というのが、今のApple Intelligenceなのではないでしょうか。

対話型AI(チャット)の呪縛と、裏方としてのOSインフラ

現在、世間が認識している「生成AI」の基準は、OpenAIのChatGPT、GoogleのGemini、そしてAnthropicのClaudeといった「対話型AI」が主流といわれていますよね。

ビジネス用途ではMicrosoft Copilotが広く普及し、Adobe系のAI機能も注目されています。さらに、生成AIやAIエージェントといったキーワードが、SNSや広告メッセージの中に大量に登場しています。IT業界では、IBM Watsonだけでなく、さまざまな市場を狙った新しいサービスも次々に現れてきました。個人的には、こうした開発向けAIが、今後、中堅・中小企業のレガシーシステムを大きく変えていく可能性があると感じています(私の予想が当たったらうれしいですね……)。

これらは、ユーザーが能動的にプロンプト(指示文)を入力し、AIがそれに対して驚くべき知性で答えてくれる世界です。あたかも人と接しているように、「独立した人格との対話」をしている感覚すらあります。検索の延長線上に位置するGoogleや、長文思考に特化したClaudeなど、それぞれが「AIそのもの」を主役として打ち出しています。

それに対して、Apple Intelligenceは、これらとは根本から異なる印象を受けませんか。Appleが目指しているのは、「アプリの裏側に隠れ、OS(オペレーティングシステム)そのものに溶け込むAI」なのだと思います。ユーザーが「さあ、AIを使うぞ」と身構えて専用アプリを開くのではない。メッセージを打っている時、メールを確認している時、あるいはカレンダーをチェックしている時に、背後で静かにアプリ間を横断しながらユーザーの行動を補助する。ChatGPTが、ユーザーがわざわざ「会いに行くAI」だとすれば、Apple Intelligenceは、ユーザーの「隣に常に佇んでいるAI」のような存在なのかもしれません。

複雑な学術的質問に対する深い考察や、長大な小説の執筆といった「創作力・思考力」において、Apple Intelligenceは単体でChatGPTを乗り越えようとしているのではなく、むしろ高度な処理が必要な場合には、ユーザーの同意の上でシームレスに外部のChatGPTに任せる道を選んでいます。自らはあくまで「窓口(インターフェース)」に徹する。この徹底した「裏方志向」があると感じています。

オンデバイス処理という「足枷」とプライバシーの聖域

技術的側面から見ると、他社との決定的な違いは、「オンデバイス(端末内)処理」へのこだわりと、「プライバシー最優先」の姿勢だと思います。OpenAIやGoogleの強力なAIモデルは、数万個の高性能GPUを並べた巨大なクラウドデータセンターで稼働しています。モデルサイズは数千億~数兆パラメータに及び、圧倒的な賢さを実現しています。その影響もあって、今ではメモリ不足などにより、私たちが購入したくてもPCが欠品したり、値上がりしたりする場面も出ています。

一方でAppleは、ユーザー個人のデータがクラウドに吸い上げられ、企業の学習データとして利用されるリスクを徹底的に避けようとしています。そのため、処理の大部分をiPhoneやMacの内部にある「Apple Silicon(Neural Engine)」で完結させようとしている。このこだわりは、個人的にもとても好感が持てます。端末内で動かす以上、AIのモデルサイズは必然的に小さく絞らざるを得ません。

結果として、詰め込める知識量や複雑な論理思考の能力には、どうしても物理的な限界が出てきます。他社が「圧倒的な爆発力」を求めてクラウドへ突き進む中で、Appleは自らに「安全性とプライバシー」という厳しい制約を課したのだと思います。この選択が、他社との純粋な性能比較において「驚きが少ない」と評される直接的な原因になっているのでしょう。しかし、これは技術力の不足ではなく、ユーザーとの信頼関係を最優先するAppleのこだわりなのだろうと思います。そして、それがブランド力にもつながっているのではないでしょうか。

二年の出遅れと機能遅延がもたらす「様子見」の空気

ただし、他社に比べてタイミングの悪さと実装の遅れも、話題性の低迷に拍車をかけたのだと思います。ChatGPTが世界を震撼させたのは22年末でした。そこから世界中で凄まじい投資と開発競争が行われ、市場が十分に温まり、人々が生成AIにやや慣れてきた24年半ばになって、ようやくAppleはApple Intelligenceを発表しました。およそ2年の遅れです(24年WWDCで発表)。

この2年の間に、市場の「AIに対する評価基準」は、完全に他社によって形作られてしまいました。今では、私の世代(60代後半)でも、生成AIといえばChatGPTかGeminiを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。さらに追い打ちをかけたのが、目玉とされた「Siriの大幅な強化」や、システム全体の多言語対応などが段階的に先送りされたことです。ユーザーの側には、「発表はされたものの、自分の手元ではまだフル機能が使えない」「約束された未来がなかなか来ない」というもどかしさがありました。市場の反応は、「驚嘆」から「ひとまず様子見」へと変わったように感じます。

歴史は繰り返す――Appleの「第二波型」時間差攻撃!?

歴史を振り返れば、Appleは、「最初に新しい技術を発明してブームを作る」タイプではあまりなかったように思います。むしろ真骨頂は、「他社が作った市場の混沌を、圧倒的なユーザー体験(UX)で塗り替え、最後に果実を総取りする」という、いわば「第二波型」の成長にあるのではないでしょうか。

かつて、MP3プレーヤー市場を開拓したのは他社でしたが、Appleは「iPod」と「iTunes」という優れたエコシステムで市場を支配しました。スマートフォンも同様で、BlackBerryやWindows Mobileが先行していた市場に、Appleは「iPhone」という、直感的で洗練されたタッチインターフェースを持ち込むことで、携帯電話の世界を根底から変えてしまいました。そう考えると、生成AIの世界にも、同じ構図が当てはまるのかもしれません。

現在の生成AI市場は、第1フェーズである「AIという高度な道具を使う(ChatGPTなど)」、そして第2フェーズである「AIを検索やビジネスツールに組み込む(GoogleやMicrosoftなど)」という段階にあります。ユーザーはまだ、AIを使うために一定の「ITリテラシー」や「プロンプト(指示文)の工夫」を求められています。

これに対してAppleが狙っているのは、その先の第3フェーズ、すなわち「AIが空気のように存在する環境(インフラ)になる」という未来ではないでしょうか。高度なプロンプトを使いこなせるのは、いわゆるギーク(技術愛好家)と呼ばれる少数派です。もちろん、生成AIは今後、仕事や日常生活の中でさらに普及していくと思います。

しかし、デバイスを開けば、自分が意識することなくAIが動いている。「OSのレイヤー」という最も深い部分から囲い込みにいく発想です。数億人、数十億人が毎日手にするiPhoneやMacのOSそのものがAI化されたとき、ユーザーは他社のAIアプリをわざわざ起動することすら忘れるかもしれません。後から一気に「体験」で勝つパターンの可能性が、ここには隠されているのではないでしょうか。

なぜビジネス市場は「目立たないAI」を最後に選ぶのか?

この「目立たない、しかし安全でOSに統合されたAI」という特性は、特に法人・ビジネス市場において強力な武器となる可能性があります。もちろん、オフィスアプリやメールアプリ、オンライン会議アプリなどとの密接な連携を得意とするMicrosoftから形勢逆転するのは、簡単ではないでしょう。それでも、多くの企業が生成AIの導入に二の足を踏む最大の理由は、情報漏えいリスクと、従業員がAIを使いこなせないという「リテラシーの壁」にあります。

クラウド型のAIに社外秘のデータや顧客情報を入力することは、コンプライアンスの観点から厳しく制限されます。また、全社員に高度なプロンプト教育を施すには膨大なコストがかかります。しかし、Apple Intelligenceのように「端末内だけで処理が完結し、データが外部の学習に一切使われない」ことが保証され、なおかつ「普通に業務アプリを使っているだけで、自動的に要約やリライトが施される」のであれば、教育コストは大きく下がり、セキュリティリスクも最小化できます。

企業が真に求めているのは、派手な回答をする天才AIではなく、ルールを破らずに従順にサポートしてくれる、静かで実直な「黒衣(くろご)」としてのAIなのかもしれません。こうした評価が見直され、オフィスアプリの選定や働き方そのものの見直しにまで広がっていけば、面白い時代が来るかもしれません。

長々と書きましたが、一言でまとめれば、AppleのAIが話題にならないのは「弱いから」ではなく、「目立たない設計」と「市場の期待とのズレ」が原因なのだと思います。

テクノロジーが真に成熟したとき、それは「技術」と呼ばれなくなり、「日常」に変わります。私たちは電気や水道を使うとき、その仕組みにいちいち感動したりはしません。Appleは、生成AIを一過性のブーム(エンタメ)から、人類のインフラ(日常)へと昇華させるためのタイムラグ戦略を、今まさに実行しているのかもしれません。

今の世の中は「生成AI=チャット性能・創作力」で評価していますが、Appleの立場は「生成AI=OSインフラ」にあるように見えます。この評価軸のズレに気づいたとき、初めてApple Intelligenceの本当の恐ろしさが見えてくる、ということです。

それでは……。かたじけない。(崖っぷちのドミノ)

崖っぷちのドミノ

1960年3月生まれ。会社員人生はあとわずかの管理職。部下の多くは女子で娘が大勢いる感じ。中学、高校とブラスバンドでパーカッション担当。その時代の当たり前の流れで同級生とバンド結成し、大学、社会人1年生ぐらいまで活動したドラマー。就職は独立系ソフト会社に入社。その後、気づいたら汎用機の開発技術者を13年間経験、その後、今の会社に入社。