- 擦ると色が変わる「セキュリティペーパー」で応用を実証 機能性材料設計に新たな指針 -
高知工科大学の中林 真宏さん(当時:大学院博士後期課程3年/2026年3月修了)と林 正太郎教授(理工学群)は、有機分子結晶*1) において、「分子間相互作用の階層性*2)(:結びつきの序列)」が結晶構造や発光特性、さらには相転移*3)挙動を支配することを明らかにしました。従来は、分子間に複数の作用が同時に存在する場合、どの力が優先され、どう全体を支配するのかを予測して制御することは非常に難しいとされてきました。本研究では、「力の強さに優先順位(階層性)をつけるように分子をデザインし、結晶の性質や、刺激による変化をねらい通りにコントロールできる」という新しい指針を提案した点が、学術的に高く評価されました。
この成果は、2026年6月30日、化学分野において高い影響力を持つ国際学術誌Angewandte Chemie International Edition に、掲載されました。
【研究成果のポイント】
- 有機分子結晶において、分子同士が引き合う力(分子間相互作用)の「種類」と「強さの序列(階層性)」が、結晶の挙動を決定づけることを明らかにした。
- 上記「結びつきの序列」に基づき分子を設計することで、同一の分子から黄色と緑色にそれぞれ発光する2つの異なる結晶(多形)を創出できることを発見した。
- 熱を加える(熱刺激)か、あるいは擦る(機械刺激)かによって、結晶の状態が異なるプロセスで変化していく様子を発光色の変化として可視化することに成功した。
- 将来的な応用可能性を検討するため、この分子を紙に染み込ませ、擦ると発光色が黄色に変化し、加熱によって消去(リセット)できる「セキュリティペーパー」を作成し、応用を実証した。

▲図1 作成したセキュリティペーパー。機械刺激、熱刺激の繰り返しによる色変化の様子
【研究の背景】
光・熱・力などの外部からの刺激に反応して構造や性質を変える「有機分子結晶*1)」は、センサーや光機能材料などの次世代材料として世界中で研究が進められています。しかし、分子をどのように設計すれば、ねらい通りの相転移(状態の変化)を起こせるのか、未解明な部分が多く残されています。近年では、分子間相互作用を利用して結晶構造を制御する研究が進展していますが、分子の中に複数の引き合う力が同時に存在する場合、それらがどのように影響しあって結晶全体の構造や相転移を支配するか、一般的な設計指針は確立されていませんでした。【研究の成果】
研究チームは、シアノ基を有する発光性分子に「臭素原子」と「メトキシ基」を同時に配置した新しい分子を設計しました。この分子には、分散力*4)、双極子相互作用*5)、ハロゲン結合*6)など、異なる強さの複数の相互作用が共存しています。この分子を結晶化させたところ、結晶化条件によって異なる配列を持つ2つの結晶(多形)*7)が得られ、一方は黄色に発光する「α相」、もう一方は緑色に発光する「β相」であることを発見しました。

▲図2 新しく設計した分子の構造と2種の結晶
また単結晶X線構造解析*8)により、これら2つの結晶内部における分子間相互作用の「階層性(序列)」の違いが明らかになりました。
- α相(黄色結晶):メトキシ基同士や芳香環同士による、比較的“均質”な相互作用が優勢
- β相(緑色結晶):臭素原子とメトキシ基の間に形成されるハロゲン結合などの“異種”相互作用ネットワークを形成し、強固に支配
分子間相互作用を「均質な相互作用」と「異種相互作用」に分類し、それらのエネルギーに階層(優先順位)がある点に着目したのが本研究の特徴です。この階層的な結びつきにより、加える刺激の種類によって結晶構造の変化ルートが全く異なることが明らかになりました。
- 熱刺激(加熱):黄色結晶(α相)から緑色結晶(β相)へ結晶の形を維持したままダイレクトに変化 【単結晶-単結晶相転移】
- 機械刺激(擦るなど):黄色結晶(α層)は一度、規則性のない不安定な「アモルファス*9)(無定型)状態」を経由したのちに、緩やかに緑色結晶(β相)へと変化

▲図3 変換経路のイメージ
研究チームは、これらの複雑な変化ルートを「黄色の発光から緑色の発光へ」という明瞭な色の変化として光学的に追跡、可視化することに成功しました。これは、分子間相互作用のわずかな違いが、結晶の応答性や相転移経路を大きく変化させることを示しています。
さらに、この分子を活かし、セキュリティペーパーの作成とデモンストレーションを行いました。分子を染み込ませた紙に対し、UV光(紫外線)をあてながら「擦る(機械刺激)」と、擦った部分だけ発光色が変わり、文字や絵を浮かび上がらせることができます。さらに「加熱する(熱刺激)」と再び元の均質な発光色に戻り、描いた情報をリセットすることができました(図1)。
【今後の展望】
本研究で示した「相互作用階層」という考え方は、発光材料にとどまらず、機械応答材料、電子材料、光機能材料など広範な分子性材料の設計を加速させる新たな指針となる可能性を秘めています。また、実証したセキュリティペーパーは、機械刺激による情報書き込みと熱による消去が可能であり、将来的に偽造防止用の特殊な材料や何度も書き換えが可能な新しい情報記録媒体への展開が期待されます。さらには、分子間相互作用の競合によって生じる複雑な構造変化を理解することで、有機結晶における新たな相転移現象や動的機能の創出につながることが期待されます。
【用語解説など】
*1)有機分子結晶炭素を主成分とする有機化合物の分子が、3次元的に規則正しくきれいに並んで固まったもの。
身近な例では、砂糖の結晶や、医薬品などの素材がこれにあたる。
*2)分子間相互作用の階層性(相互作用階層)
分子同士が結びつく分子間力の強さに「優先順位(序列)」があること。分子が複数集まって「結晶」という規則正しい配列を作るとき、分子同士が引き合う力を「分子間相互作用」と呼び、力の強さにグラデーション(階層・序列)がある状態を「階層性がある」という。力の強さに「階層」があるからこそ、刺激の与え方によって結晶の挙動が変化する。
*3)相転移(そうてんい)
温度や力などの外部からの刺激によって、物質の構造や性質がガラリと別の状態(相)に変わる現象。身近な例では、水(液体)が冷やされて氷(固体)になったり、温められて水蒸気(気体)になったりする相の変化がこれにあたる。
*4)分散力
分子間相互作用の一種で、無極性(分子全体として電気的な偏りがない)分子同士の間に働く力。
*5)双極子相互作用
分子間相互作用の一種で、電荷の偏り(双極子)を持つ分子や原子同士が引き合う静電気力。
*6)ハロゲン結合
ヨウ素(I)や臭素(Br)、塩素(Cl)などのハロゲンと呼ばれる特定の原子が、他の分子の特定の部位と引き合う強固な結びつき。分子間相互作用の一種。
*7)結晶(多形)
全く同じ化学組成でありながら、原子や分子の配列(結晶構造)が違うことで、異なる色や硬さ、性質を示す現象。代表的なのは、同じ組成でありながら「ダイヤモンド」と「黒鉛」に分かれる炭素。
*8)単結晶X線構造解析
ひとつの結晶に「X線」を当てて、その跳ね返り方を計算することで、目に見えない分子が結晶の中でどのように並んでいるかを精密に突き止める技術。分子の並び方をピコメートル(1兆分の1メートル)レベルで観察できる、いわば「超高性能な分子の顕微鏡」。
*9)アモルファス(無定型)
物質を構成する原子や分子が規則正しい配列を持たず、ランダムな状態。
【研究資金】
本研究は科学技術振興機構 創発的研究支援事業 (JPMJFR211W)、科学研究費補助金 基盤研究(B) (24K01574)、学術変革領域(A) π分子複雑性の追究が紡ぐ機能科学 (26H01373)、 そして科学技術振興機構 SPRING (grant no. JPMJSP2141)の支援により行われました。【論文情報】
- タイトル:Interaction Hierarchy and Polymorphic Structure-Property Dynamics in LuminescentMolecular Crystals- 著者:Mahiro Nakabayashi, Shotaro Hayashi
- 掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
- 公開日:2026年6月30日
- DOI:10.1002/anie.8807652
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