齋藤優一郎プロデューサー

 大ヒット映画『おおかみこどもの雨と雪』(12)、『バケモノの子』(15)の細田守監督の最新作『未来のミライ』のDVD/Blu-rayが1月23日にリリースされる。都会の片隅の小さな家を舞台に、4歳の男の子・くんちゃん(声:上白石萌歌)が巡る家族の物語をイマジネーション豊かに描いた本作は、昨年7月の公開後、アニメーション界のアカデミー賞と呼ばれるアニー賞や、アメリカのゴールデン・グローブ賞アニメーション映画賞にアジアで初めてノミネートされるなど、世界中で高い評価を受けている。本作のプロデューサーであり、細田監督の創作の拠点・スタジオ地図の代表取締役を務める齋藤優一郎氏に、細田作品に対する思いを聞いた。

-今までの細田作品では、世界の危機に直面したり、異世界に行ったりという事件に巻き込まれた主人公の活躍と成長が多く描かれてきました。今回はそういう大きな事件は起こりません。そこに細田監督の変化を感じて、とても興味深かったです。

 おっしゃる通り、この映画では大事件も大災害も起こりません。世界を救うヒーローも登場しません。日本の片隅にある小さな家の中で4歳の男の子が成長していく…。それを見詰める家族の日常を淡々と描いているだけです。本作の公開にあたり、海外を含む多くの場所を訪れて、観客の皆さんや、さまざまな方々と交流させていただきました。そのときに感じたのは、「誰もが過ごす日常の中にこそ、喜びや奇跡といったかけがえのない大切なものが潜んでいる」ということを、この作品を通じて皆さん自身が何か発見してくれたのではないか…ということです。国境を越えて、多くの方々に楽しんでいただいている理由の一つに、そういった発見や共有体験があるのかもしれない、そう感じています。

-家族を中心にした物語という点では、細田監督らしさもしっかりとありますね。

 細田さんにとって、家族というのはあくまでもモチーフで、常に興味があるのは子どもや若者の成長や変化なんです。でも、子どもを描こうとすると、必ずその周りには家族というものが存在してくる。初監督作の『デジモンアドベンチャー』(99)から一貫して細田監督が描き続けてきていることです。ただ今回、小さな子どもとその家族が織り成すストーリーといった小さなものから、繰り返し続いてきた大きな時間の流れ、生命の循環といった、これほど巨大なテーマにたどり着いた作品は今までなかったのではないかと。ただ僕としては、企画の当初から細田さんが映画監督として、作家として新しいフェーズに入る作品になると思う、そういった予感はあったんです。完成した作品で、そのことが証明されたような気がしています。

-そういう意味では、これまでとはかなり趣が異なる作品ですが、最初に細田監督から「こういう作品を作りたい」という話があったときに、戸惑いはなかったのでしょうか。

 実はこれまでもそうなのですが、最初にあるのはいつも驚きです。例えば『サマーウォーズ』(09)の公開後に、「次はどんな映画を作りましょうか」と話をしたとき、「どんな映画になるかはまだ分からない、ヒットするかも分からない、でも自分は母親が主人公の映画を作りたいんです」と。『サマーウォーズ』完成直前に亡くなったお母様の総括をしたいと言って、『おおかみこどもの雨と雪』を作ったりするわけですから。それはやっぱり驚きますよね。でも僕は戸惑いや不安よりも、ものすごい納得感が常にあるんです、そしてまた「新しいことにチャレンジするんだな」という、心と気持ちが奮い立つんです。

-そういう思いは、今回も変わらないと?

 今回は、細田さんのお子さんに妹ができたことがきっかけでした。細田さんは一人っ子なんです。でも息子には妹ができて、自分が歩んできた道とは全然違う道を歩むんだ、彼はそこにまず興味を持った。普通なら、『バケモノの子』(15)の後なんだから、またアクション映画を作ろうとか、久しぶりに『時をかける少女』(06)のような映画を作ろうとか考えると思うんです。「サマーウォーズ2をやってほしいです」といったことも言われたりもしますしね。でも、細田さんは常に新しいチャレンジを望んでいる。作家として、「常に新しいことにチャレンジをしながら、地球の裏側の人たちにも、誰の人生にとってもかけがえのないもの、面白いと思ってもらえるものを描きたい」と思っている、そういう人がまた新たなフェーズに到達した。僕はとてもうれしいんです。

-満足されているようですね。

 映画は一本一本が勝負。失敗すれば次はありません。それでも、映画を作り続けていく以上、例えば年齢もあるかもしれない、他にもある人生の局面において、どうしても描くべき、作るべき作品というのは必ず出てくるし、作家である以上それは絶対にあるんです。『未来のミライ』は作るべくして作った、作家が次に向かうためにも必要な作品なんです。

-そうすると、今後は?

 映画監督って大きく分けると2種類あるのかもしれません。一つは、優れた才能とテクニックを持って、どんな球が飛んできても、ものすごく面白い作品を作れるタイプ。もう一つは、どんな作品であっても否応なく自分の人生や内的なものが作品に投影されていくタイプ。細田さんは後者で、それは今後も変わらないでしょう。そして、常に変化していくものと、変わらないもの双方を描き続けていく。今年52歳になりますが、創作へのエネルギーやバイタリティーは満ちあふれています。それは、これまでよりもさらにドライブがかかっている気がしています。

-『時をかける少女』(06)以来、3年ごとに新作を発表してきましたが、次の作品も3年後になるのでしょうか。

 次の映画も考え始めていますが、今はそれ以上、言えることはありません。ただ、「3年」という時期に関して、細田さんは「3年がギリギリ」という言い方をしています。1本のアニメーション映画を作るには、どうしても時間がかかる。ただ、今、世界の変化はものすごく著しい。もし製作に4年、5年とかかってしまうと、企画が古くなり、映画と社会との間にズレが生じてしまう恐れがある。細田さんは、仮に時代劇を作ろうと、映画というのは常に現代を描くものだと思っています。だからこそ、どうしてもそのズレを意識せざるを得ません。そういう意味で、3年がギリギリではないかと言っているのだと思います。

-細田監督のやりたいことが時代に合っているか、という意味でしょうか。

 そうですね。でも、また新しいチャレンジに満ちあふれた作品になると思います。だから絶対に3年以内に作れるかと言ったら、それはまだ分かりません。それでも「3年」は意識したいと思っています。その一方で、今年は『サマーウォーズ』が公開から10年を迎えるのですが、「『サマーウォーズ』を見て、こんな世界を作ってみたいと思って、いまVR開発をしています」とか「ロボットやAI、ネットの未来を議論したいので、参加してもらえませんか」などといったお話を、特に最近よく頂くようになりました。それはとてもうれしく、光栄なことだと思っています。でもそれと同じように、10年前に描いた作品の世界と現実との距離が近接してきている、それも面白いなあと思っています。

-時代を先取りしていたと?

 いえ、そういうことではなく…。やはり映画は現代を描くものなのだと、変化するものと変わらないもの、それを10年前の作品に改めて教えられたということです。また新しい映画に挑戦していきたいと思っています。

(取材・文・写真/井上健一)