ヒロイン美和役の井上真央

 NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公、美和(文から改名)を演じている井上真央。美和は蛤御門の変で夫の久坂玄瑞(東出昌大)を亡くし、長州藩の奥御殿に入った。激動の長州藩の大奥を舞台に、新たな人生を生き抜いていく美和を、井上はどう演じていくのか。その思いを聞いた。

 

 

―夫がなぜ死んだのか、藩の中心で何が起きているのか、自分の目で確かめたいという強い意志を持って奥御殿に入った美和ですが、このあたりはどう演じられましたか。

 奥に入るという決意はよっぽどのことじゃないとできないと感じていました。それまでに兄やたくさんの塾生、旦那さんまでもが亡くなって、久坂家が断絶になってしまいます。そこで椋梨藤太(内藤剛志)に嘆願するのですが、「己の無力を泣け」と言われたんですね。文には、この言葉が一番響いた気がしています。もちろんいろいろな理由があるのでしょうけれど、この椋梨からの言葉によって、自分の無力さを思い知らされたというか。あの出来事がきっかけで奥に入ったのだと思います。

―ドラマを見ていて、文が奥に入ることを決意した理由にとても納得できました。

 美和が奥に入るのは史実の通りですが、ドラマではどういう経緯で入るのだろうと思っていました。だからこそ丁寧に描きたいなと。実際はどうだったのか、いまだに考えたりもします。久坂玄瑞という人が長州を追い込んだことを、奥の人たちはどれだけ知っていたんだろう、とか。

―27話には椋梨に足蹴にされ、地面をたたく場面がありましたが、台本にはない動作だったそうですね。どんな気持ちでたたいていたのですか。

 ドラマ「家なき子」(94年)の安達祐実さんのような気持ちですね(笑)。頭の中で「空と君とのあいだには、今日も冷たい雨が降る」という中島みゆきさんの歌が流れてきて、「ああ、小さいころ内藤さんを見てたなぁ、あのころ意地悪をしていた顔と似てるな」って思っていたら、だんだん安達さんのような気分になったんです。ちょっと感動もしましたけど、つらかったですし、後ろで冷静に見ている妻の美鶴さん(若村麻由美)の視線が、すごく突き刺さりました。

― 久坂が亡くなるシーンは、どんな思いで見ていましたか。

 すごく切なかったです。でも「おまえは生きろ」と言われても「そんな無責任な」っていう思いはありますね。なぜ死ななければならなかったのか、その当時のことは分からないですが、直前に、生きると約束するシーンを撮った後だったので、「約束したはずなのに、なんて勝手なんだろう」と思いましたね。

―奥御殿が舞台になってから、演じる上での気持ちは変わりましたか。

 自分では変えようという意識はあまりなかったのですが、やっぱり全然違うねと言われます。確かに、着物一つでも違うんですよね。奥では、ただ単に好きな着物を着ているのではなく、階級によって分かれています。ある着物を着ている人がいるときは絶対に立って話をしてはいけないとか、この着物を着ている人の前に出る場合はまず1回座らなくてはいけないとか、細かい決まりもあります。美和が社会に出て、初めてそういう経験をしたのはとても大きいと思いますね。

 あとは、あれだけ女性がそろうと目線が怖い(笑)。美和は、何かを訴えるシーンが多いので、もう毎日、胃がきりきりしていました。それまでは逃げ場というか、大丈夫と言ってくれる母親をはじめ優しい家族がいたのですが、そういう味方が一切いない環境なので、戦っている感じさえしました。美和はどんどん出世をしていくのですが、周りの人たちはそんなに変わらないんです。だから出世して、着物が変わるたびにその目線がちょっとずつ怖くなる(笑)。すみませんって感じにはなってますね。

―奥御殿で大先輩に囲まれた感想を教えてください。

 もうめちゃくちゃ緊張しました。それまではいろんな人たちが話をしているのを見守ることが多かったのですが、奥に入ってからは女性同士、目を見て話すことがすごく多くなりました。みんな絶対に目をそらさないので「私だけ目をそらしたら負けだ」と思って。だから最初のころは途中でめまいがするぐらい疲れていました(笑)。この間、奥御殿の撮影が終わってからご飯を食べにいったんですけど、初日は皆さん「どうしよう、続けられないかもしれない」と思ったらしく、ぶつけ合った後の疲労感がすごかったと。それぐらい気合を入れて、美和に対しての圧力をかけてくれたんですね。銀粉蝶さんや松坂慶子さんを筆頭に、普段は本当にチャーミングな方ばかりです。

―大奥編に入って、周囲の方からの感想に変化はありましたか。

 女性の方から、ようやく美和という人物や生きざまが見えてきたとか、逆に男たちの動きも分かりやすく見えてきたと言われることが多くなりました。それは美和が意志を持ったことが大きいと思うんです。今までの「見守る、支える、声をかける」じゃなくて、どう生きるかという選択をしたり、したたかさみたいなものも出てきた。より人間っぽさを出せるようになったかなと、私自身思います。大奥編が終わったとき、美和がこの先どう生きていくのかが、もっと明確になっているといいですね。史実を見ても、美和は本当に耐え忍んだ人だったと思うので、彼女が何を成し遂げたとかより、この時代にはこういう女性がたくさんいたのだということで、共感が得られるように演じていけたらと思いますね。

―視聴者の方に、ここを見てほしいというところはありますか。

 女性って、場の空気を読むことができちゃうと思うんですね。ここでこんな発言はしちゃいけないとか、自分でこう思っても、とりあえずはこの人を立てなければいけないとか。けれども美和は「分かっているけど、やっぱり心が大事でしょ」と押し通すから、きっと日出(江口のりこ)さんみたいな人は「何あんた秩序乱してくれてるの」と思うんでしょうね。私自身、日出さんにすごく共感できる部分はありますから。人の心を動かすのはとっても大変なことだけれど、諦めずに粘って、その上で信頼関係を築いていけば、絶対動かすことができるって姿勢が、世の女性の勇気につながればいいなと思っています。

―美和は、どちらかというと空気を読んでないですよね。

 かなり「KY」なんですよ(笑)。面倒くさいのが入ってきたと思われるのは当然ですよね。そこはちょっと、(兄の)吉田松陰の血かなと。

―美和はどういう思いでこれからの人生を送っていくのでしょう。

 兄や旦那さまや高杉晋作(高良健吾)さんなど、命を懸けて世の中を変えようとした塾生たちが、見たかった景色が見られずに亡くなっていきます。それならば自分が代わりに見届けなければいけないという使命感があると思いますね。新しい日本を見たくても見られなかった人たちの代わりに自分が見届ける。そして、新しい日本をつくって、新しい日本人を育てていきたいというのが、美和の志になっていると思います。

―劇中では和菓子作りのシーンも多くありますが、現場でも和菓子を召し上がっていますか。

 毎回、職人さんが和菓子を作りにきてくださいます。私も作っている方が楽しくてあまり食べていなかったんですが、練習がてら作ったものをスタッフさんが毎回楽しみにしているんです。結構難しいんですけど、美和さんはお菓子作りが上手な人だったようなので、早めに練習もしています。でも今は、どちらかというと「まれ」のケーキの方が食べたい(笑)。だから「まれ」チームのスタジオに行っては「今日ケーキありますか?」って聞いて、和菓子と交換してもらい「いつもありがとうございます」と話しています。

―最後に視聴者の方にメッセージをお願いします。

 ヒーローを描いていたり、派手な合戦シーンがある作品ではありませんが、あの激動の時代に女性が力強く生きていった姿を見ていただきたいです。時代は違えど、現代にも大変なことはあるので、明日から頑張ろうと思ってもらえるような女性を演じていきたい。まだまだこれから美和にとってたくさんの悩みや試練が出てくるので、それらをどう乗り越えて生きていくのか、ぜひご覧ください。