千円でベロベーロになれる店。せんべろ酒場。
私は昔から、イカになりたいほどイカが好き。
タコに嫁ぎたいほどのタコ好きだ。
しかしせんべろ酒場ではやきとん、やきとり、煮込みかおでんが主人公なのだ。
と長らく思っていたのだが荻窪のイカ専門立ち飲み「やきや」の存在を
知ったのは今から数年前。
北口のあやしげな路地にある小さな店は、
信じられないことにほんとうにほぼ「イカ」一本槍だった。
八戸直送のイカは午前中からさばいて仕込まれる。
いかみみ刺身(ここ貴重)にいか刺身に、いかなんこつ焼にいかげそ焼。
ほんのり甘口な珍味わたあえに、ちゅるんちゅるん舌でとろける自家製塩辛。
しかも、これがぜーんぶ170円均一なわけですよ。
イーナイーナの170円。ナチュラルローソンのするめよか安いわけですよ。
一切の媚びを売らないクールビューティな美人女将を前に、
男たちがもくもくと日本酒を飲みながらイカを食す姿は衝撃的だった。
それからしばらく忙しさにかまけて足が遠のいてしまうのだが、
去年のはじめに久しぶりに訪れてみると、店にはなんと立ち退きの知らせがあった。
後悔先に立たず…。
私は路地に佇み、全世界のイカたちに詫びてまわりたい気分になった。
その数ヶ月後。ひょんなことで荻窪に空いている部屋があるから住まないかと
親戚から連絡があり、遊びがてら南口にある物件を見に行ったときのこと。
すぐ近所に真新しい「立ち飲み やきや」の看板が目に飛び込んだ。
外に貼られた品書きはやっぱりイカづくし。
ドキドキしながらそっと中を覗くと、いた!
長い黒髪を一つにまとめたクールビューティ女将が、いた!
もちろんあちらはこちらの興奮などあずかり知らぬのだが、私は勝手にこの再会に強烈な運命を感じ、荻窪に引っ越すことを即決したのだった。
そんなわけで週1、多いときは週2ペースで「やきや」に通う日々。
人生には十人十色、さまざまなハッピーがあると思うが、おらが庭先に愛するイカ立ち飲みがある幸福は、半永久的に好きな人と席が隣になれる券、に等しい。