「なりたい自分」
そんなAさんが変わったのは、夫のある言葉が原因でした。
浮気がわかってから、毎日のお弁当作りにも以前のようなやる気が出ず、家事も前向きにこなせなくなったAさんを見て、夫はその理由を尋ねることもなく
「最近、部屋は汚いしご飯はちゃんと作らないし、やる気あるの?
俺はお前たちのために仕事も苦労して頑張ってるのに、よくそんな自分でいられるよな」
と吐き捨てました。
夫の言葉には、「誰のおかげで生活できていると思っているんだ」という圧力が感じられた、とAさんはいいます。
これを聞いたとき、Aさんの中で猛烈な怒りがわきました。
「もう我慢できない。これ以上は無理。こんな男と一緒にいたら、私も娘も不幸になる。
そう思ったら、いきなりやるべきことが見えてきてね。以前お断りしたクライアントに連絡してこれからはいくらでも仕事を請けることを伝えて、新規の仕事もクラウドソーシングで探したらいくらでもあることがわかったの。
お金があれば離婚できる。そう思ったら、国の手当なんかも知りたくなって、調べているうちに母子家庭なら市営住宅に入れることもわかって」
こう話すとき、Aさんは以前とはまったく違う顔をしていました。
「どうしよう」ばかりつぶやいていた頃のAさんは、まだ家庭に未練があるのを感じました。でも今は、「自分の力で生きていく」ことを本気で目標にし、それに向かって進むことに何の不安も持っていないことが、まっすぐに顔をあげる姿からは伝わってきます。
「良かったね」
そう言うと、
「なりたい自分が見つかったの。
私はデザインの仕事が好きで、これからは思う存分働くつもり。そうやって収入を増やしながら、娘をひとりで育ててみせる」
Aさんは、きっぱりとした笑顔で答えました。
覚悟を決めることで道が見つかる
本気で離婚すると決めてから、Aさんは変わりました。
親権を取られないためにはどうすればいいか弁護士と相談し、中途半端だと言っていたデザインの勉強も再開し、娘さんとは今まで以上に蜜に過ごすように気をつけています。
Aさんの変わりように夫は驚いていましたが、予想通り「家事を疎かにしてまで仕事するなんて最低だ」とわめくのを、Aさんは
「今まで、あなたの稼ぎに頼ってばかりでごめんなさいね。私もやりたいことが見つかったの」
とさらりとかわしているといいます。
家事はこれまで以上に適当になりましたが、「不倫している男の世話なんてまっぴらごめんよ」と言い切るAさんには、夫の愚痴も届きません。
「浮気したければすればいい。
でも、そんな男といつまでも一緒にいるほど、私も娘も馬鹿じゃないのよ」
どっちが最低かわからないよね、と笑うAさんには、これからは夫と対等にやりあっていく覚悟が見えました。
*
Aさんの今の目標は、夫の扶養を抜けることです。
そのうえで、今後について確実に仕事を続けられる道筋がつけられたら夫に離婚を切り出す予定だといいます。
「離婚するって決めてから、夫の存在も前みたいに気にならなくなって。私は好きに生きられるんだって、こうなってみてよくわかる」
というAさんの言葉は、皮肉だけど夫の浮気が原因で気がつくことのできた「自由」でもありました。
人の道に外れたことをしながら、妻には一方的な負担を強いる。自分に訪れる未来は決して明るいものではないことを、この夫は知りません。