2019年7月23日(火)に、東京ディズニーシーに新アトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」がオープンしました。
実はこのアトラクション、海外にあるディズニーパークに導入されていて、東京には満を持しての導入となったのです。
今回は海外パークにあるソアリンの歴史から、どうして東京への導入が決まったのか、その背景について考えていきます。
ソアリンの初登場は「2001年」
ソアリンとは、空を飛びながら、世界中の名所を回るフライトシミュレーター型のアトラクションです。
このアトラクションが初めて導入されたのは、アメリカにある「ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー」でした。
オープン当時は「オーバー・カリフォルニア」という副題がついており、カリフォルニアの上空やゴールデン・ゲート・ブリッジ、ヨセミテ国立公園など、アメリカ国内の名所を回る内容になっていました。
オープンは2001年2月8日、パークのグランドオープンに合わせて導入されました。
2001年といえば、東京ディズニーシーの開園と同じ年ですよね。
実は「ソアリン:ファンタスティック・フライト」がつくられた場所は、もともとシアタータイプのアトラクションが導入される予定だったのです。
開園前に描かれたコンセプトアートや、工事用の建築模型にも、シアターを思わせる扇形の施設が描かれていました。
しかし、開園直前になって計画は白紙に。
その後、工事用の資材置き場や、ハーバーショーで使われる船の保管場所として使われていました。
海外のディズニーファンサイトでは、「東京にソアリンが導入されるのでは?」という噂が話題になったことも。
その噂が確信に変わったのが、今から8年前の2011年1月のことでした。
東日本大震災がなければ、導入はもっと早かった?
アトラクションの名前が商標として登録されるのは、オープンのおよそ2~3年前になっています。
しかし、「ソアリン」という名前が商標登録されたのは、今からさかのぼること8年前、2011年1月のことだったのです。
副題はなく「ソアリン」単独だったために、ほかの企業に取られる前に登録した、という見方もできます。
ただ、2011年といえば、東日本大震災が発生した年です。
東京ディズニーリゾートは直接的な被害はなかったものの、浦安市内の液状化や福島の原発事故、電力供給の不安定化など、かなり大きな影響を受けました。
あくまでも可能性の一つですが、もし東日本大震災がなければ、ソアリンの導入はもっと早かったのかもしれないのです。