4.離婚を突きつけられて
妻から離婚を言い渡されるなど、夫にとってはまさに青天の霹靂。もちろんうなずけるはずがなく、
「何で急に離婚なんだ」
と怒鳴っていたそうです。
ここ数日、妻が思いつめた様子でどこかに電話していたり、行き先の知らない外出が増えていたりするのは知っていたけれど、それも夫にとってはどうでもいいことでした。
その結果がこれか、と離婚を言い出した妻が許せなかったそうです。
ですが、そんな自分に”疲れた表情でため息をつきながら”、
「離婚が嫌なら別居してほしい。
私の実家には話してあるし、私が息子を連れて出ていくから」
と妻は言います。
「だから、どうして離婚なんだ」
夫がイライラしながら尋ねると、
「モラハラする夫となんかこの先暮らせないのよ。
あなた、私に向かって『変わったな』って馬鹿にしたみたいに笑うけど、子どもがいる現実をわかってる?
この子は食が細くて免疫力も弱くて、まったく目が離せないの。
それを報告してもあなたは『何とかしろよ』だけだった。
仕事をしていれば偉いと勘違いしているかもしれないけど、それならその稼ぎで家族三人を養えているわけ?」
淡々と話す妻の声は冷え切っていて、夫は妻の口から出た「モラハラ」という言葉にドキリとするのを止められませんでした。
息子の体が弱いのは聞いていたけど、「心配もした」けど、じゃあ何か手を差し伸べたのかというとそんなことはなく、すべて妻に丸投げしていたことを思い出しました。
「変わったのは、一体どっちなのよ」
妻は黙り込んだ夫を見据えながら、離婚届をぐいと押し付けました。
「それと、私の貯金から黙って引き出したお金、返してよね」
それは、妻からの「最終通告」でした。
5.プライドを捨てて謝るしかない
こっそりと使い込んでいたお金のことまで指摘され、夫は「何も言えなかった」そうです。
「あなた、家の金を奥さんが勝手に使うのは許せないって言いながら、自分は最低なことをしていたのね。
“少しだけじゃないか”って、ねぇ、逆の立場ならあなたは奥さんを許せるの?」
どうしようもなくなった夫は、以前同意してくれなかった女友達にふたたび相談しますが、返ってきたのは妻と同じく冷めきった言葉でした。
妻の決意が固いことは、週末に息子を連れて本当に出ていったことでも伝わっていて、何とかしたいと思う夫は誰でもいいからすがりたくて身を固くしたまま聞いています。
「妻は変わった、妻は悪い、俺は正しい。
どうしてそう思えるのか不思議。
変わったのはあなたでしょ。
あなたのやっていること、この間も思ったけど完全にモラハラだからね」
同情のかけらも感じさせない冷たい声で笑う女友達は、
「調停になったら完全に負けるでしょうね。
それが嫌なら、誠心誠意謝るしかないんじゃないの?」
と言って帰っていきました。
「……」
確かに、自分は何もしなかった。
息子が病院に通うことも「赤ちゃんだからそんなものだろう」と思って妻に確認もしなかったし、朝に妻が起きてこなければ「後でゆっくり寝られるんだから、弁当くらい作れよ」と嫌味を言っていた。
それでも、俺は仕事をしているんだから、大事にされるべきだと思っていた。
貯金は嫁のものでも、少しくらい使ったっていいじゃないか、俺は世帯主なんだから……。
でも、その結果妻や女友達からは「モラハラ」と言われ、妻は本当に出ていってしまった。それが現実。
女友達に向かって吐いた自分の言葉がそのまま自分に返ってくるようで、夫はやっと「変わったのは俺だったんだ」と気が付きます。
それから、夫は意を決して妻の実家へ行きました。
自分が間違っていたこと、会社員の頃から自分より稼ぐ妻が羨ましかったこと、貯金が妻のものであるのが悔しかったことなど、妻をないがしろにしていた自分を反省したそうです。
まだ妻は実家から帰ってきませんが、これからも夫は妻の傷が癒えるまで謝罪を続けなければいけません。
それが、妻の変化を自分の都合よくねじ曲げたことへの償いです。
*
この男性は、妻に対して大きなコンプレックスを抱えていました。そして、妻を攻撃することでそれから目をそらし、自分のしていることがモラハラなのだと気がつくこともありませんでした。
「変わってしまった」のは、妻の妊娠と出産をきっかけにコンプレックスをぶつけていた夫のほう。そして、妻の痛みも苦しみも無視してきた報いが、こうして夫に返ってきます。
それでも、反省する心があるのなら、今度こそ妻と子どもを大切にする夫としてやり直す機会は、まだ残されているのかもしれません。