伊坂幸太郎は過酷な現実をさらりと描く作家だ。笑いの衣をまぶして。不用意に触って傷つく人がいないようにちゃんと角やとげを取って。すんなりとおなかに入れたあとで、「ん、なにか今ちょっと重たいものを飲みこんだな」と感じられるような小説を書く。口に入れる前から覚悟がいるようなものは出さないのである。その仕事の丁寧さは、もっと称賛されていい。伊坂作品を読んで、こんな風に歯ごたえのある小説をもっと読みたい、という気分を味わった人は手をあげてみてもらいたい。きっとたくさんいるはずなんだ。

『夜の国のクーパー』は、伊坂幸太郎の24冊目の著書、書き下ろし作品としては10冊目になる長篇作品である。小説の舞台になるのは、「ここ」とは違うどこかにある小さな町だ。それがどんなものなのかは、トムという名の猫が説明してくれる。

「同じ大きさの半円が二つ並んでいるだろ。で、左側が鉄国、右側が僕たちの国だ。右側の半分の円の中に、小さな丸がたくさんあるんだけれど、これがそれぞれ町なんだ。そのうちの真ん中にあるのが、僕のいる町だ。町と町は離れているから、町の外に行く人間はいなくて」

と猫は語る。なぜ猫が? 彼のいる町に、隣の鉄国が攻めてきたからだ。彼の町には国を治めている冠人がいたが、鉄国の兵士は真っ先に彼を撃ち殺してしまった。兵士たちを率いる片目の兵長は、町が鉄国の支配下に入ったことを宣言し、住民たちに自分の家から出ないように命じた。いわゆる戒厳令だ。顔を緑色に塗りたくった鉄国兵が町を闊歩し始め、いつ非道なことが行われるかわからないという恐怖に、住民たちはおののいた。

それにしてもなんで猫が? トムが兵士たちの隙をついて脱出してきたからだ。外部に助けを求めるために。そこで出会ったのが〈私〉だった。〈私〉は普通の人間だ。妻が浮気をしていることが判明し、家にいづらくなった〈私〉は釣りをして気を紛らわすために仙台の港から小舟に乗って海に出た。そして時化に遭い、気がついたら見知らぬ土地で猫に話しかけられていたのである。この〈私〉がトムから小さな国の話を聞くパートが、町が兵士によって占領されるという出来事を猫の視点で描く主部の語りの間に挿入される。