「お笑い」に関する本は、世の中に沢山あります。芸人によるネタ本、エッセイ、自伝、或いは、構成作家やテレビマンといった仕事人による舞台の裏側を書いた書物まで、実に多種多様な「お笑い本」が書店には並べられています。

今回、取り上げるのは、その中でも「切なさ」を感じる本です。芸の道で食べられないが故の肉体労働、挫折やコンビの解散、そして、死ぬ程、努力を重ねても決して報われることがない日々……。

華やかなお笑いの世界の裏側で繰り広げられる濃厚な人間ドラマを垣間見ることができる本を3冊、厳選してご紹介させていただきます。いずれも、「報われない日々」を送っている人たちにとって、「何か」を残してくれる本ばかりです。

「人間関係不得意」な人たちに読んで欲しい『笑いのカイブツ』(ツチヤタカユキ)

先ず、最初に紹介したい本が、ツチヤタカユキ著『笑いのカイブツ』です。この本は、"笑い"に狂おうとした著者の壮絶な半生を綴った私小説となっています。

『笑いのカイブツ』の著者であり、主人公であるツチヤタカユキさんは、テレビの大喜利番組や深夜ラジオ、雑誌のネタコーナーに投稿が次々に採用され、その採用頻度の高さとハイクオリティなネタの数々によって、お笑いファンの間で名を知られていた"伝説のハガキ職人"です。

ツチヤさんは、高校生の頃から、様々な媒体にネタの投稿を開始し、そこから「笑い」の道を極めようと猛烈な勢いで疾走を始めます。

投稿したネタを取り上げてもらうには、そして、人に笑ってもらう為には、ひたすらおもしろいボケを考え続けるしかありません。その為に、ツチヤさんは、自身の生活の全てをネタ作りに注ぎ込むようなります。

就労を拒否し、代わりに一日の大半をボケのアウトプットと、おもしろいボケを考え出す為のインプットに費やし、遂には、一日に数千個という膨大な量のボケを生み出せるようになります。

ツチヤさんは、笑いの為に俗世間の常識と規範を捨て去り、人間を超越した「カイブツ」へと、その身を変えていったのです。

しかし、ストイックな努力の果てに手に入れた笑いに関するスキルの代償として、ツチヤさんは社会性を失ってしまいます。誰よりも、おもしろいネタを考えることができる。その代わりに、常軌を逸した熱情で笑いに対峙し続けた日々は、いつしかツチヤさんから他者とのコミュニケーション能力を奪ってしまったのです。

そして、その「欠落」は、ツチヤさんが作家として飛び込んだプロの世界での挫折という最悪の形で顕在化してしまいます。

ここから、本著は、一種の「破滅型私小説」の様相を呈してきます。どこまでも純粋で、誰よりも素直で、笑いに……そして、何よりも自分自身に素直であり続けようとするツチヤさんは、この後も社会との間に生じる軋轢に苦しみ続けることになります。

自らを「人間関係不得意」と称する程、不器用な人間であるツチヤさんの生き様には、常に息苦しい逼迫感と脅迫的な破滅願望が付いて回ります。そして、そこまで追い込まれているからこそ、より一層の勢いで燃え上がる笑いに対する執念が、ツチヤさんを追い詰めていくのです。

この本は、安易に感情移入や自己投影を許す類のものではないかもしれません。それを許されるのは、ツチヤさんと同じく自己を極限まで追い詰め、身体を、精神を徹底的に虐め抜いた人間だけなのかもしれません。

それでも、一読者として、私の思いを書かせていただくと、やはり、『笑いのカイブツ』は世にいる多くの「人間関係不得意」な人々のもとに届けられるべき本です。

人に取り入って世の中を上手く生き抜く器用さや立ち回りの上手さといった、社会で暮らす上での「必要悪」との折り合いを付けることができず、報われない日々を送っている人にこそ、必要な一冊だと強く感じるのです。

そうした人たちが、この本を読んで、勇気を貰うのか、それとも安堵を得るのか、或いは、同族嫌悪的にネガティヴな感情が抱くのか……それは、読み手の感性に委ねられる部分ですが、確実に「何か」を残してくれるハズです。

個人的には、ツチヤさんの前に現れ、その才能に敬意を表し、手を差し伸べようとする元恋人や、ツチヤさん憧れの「あるお笑い芸人」とのドラマに、とても心を揺さぶられました。尖りまくった著者の生き様が読み手を圧倒するラディカルな一冊ですが、強くオススメしたい本です。