笑いの頂点に手が届かなかった著者による批評眼が冴え渡る自叙伝『芸人迷子』(ユウキロック)
記念すべき第1回『M-1グランプリ』準優勝、人気バラエティ番組『爆笑オンエアバトル』の第4代グランドチャンピオンに君臨、そして、2,000人を動員した渋谷公会堂での単独ライブの成功……数々の輝かしい実績を残しながら、2014年に解散したお笑いコンビ、ハリガネロック。
『芸人迷子』は、ハリガネロックでボケを務めていたユウキロックさんが、解散に至るまでの経緯を赤裸々に綴った本です。
読んでいて驚かされるのが、著者がテレビでブレイクしていく同期や後輩芸人に対する嫉妬と羨望を包み隠さず記している点です。
大阪時代の元相方であるケンドーコバヤシさん、自分たちを抑えて『M-1グランプリ』の初代王者となった中川家、著者が理想とする漫才を見せつけ、笑いに対する自信を喪失させたブラックマヨネーズ。テレビでお馴染みのお笑い芸人や漫才コンビが次々に登場し、併せて、彼らに追いつこうとしてもがき苦しむユウキロックさんの煩悶が描かれます。
ブレイクを果たしたライバル芸人たちが、売れた理由を分析する著者の目は、どこまでも冷静で理知的です。
彼らの笑いのスタイルを分析し、自分たちが突き抜けられなかった理由と比較し、言語化してみせる。漫才の道を極めようとするも、遂には、志半ばで挫折せざるをえなかった著者の自伝であると共に、漫才やお笑いの理論書としても多くの見どころを持つ本だと思います。
また、相方である大上邦博さんに対する愛憎に満ちた複雑な胸中に対する描写も心を打ちます。
文中には、度々、大上さんへの厳しい言葉が出てきますが、著者は、一方で、その優しさや周囲の人から愛される人柄の良さを認めています。そして、本来ならテレビ受けするキャラクターの持ち主である大上さんの足を自分が引っ張ってしまったと考え、そのことに対する懺悔の言葉も述べているのです。
「相方」という漫才コンビならではの不思議な関係性に対する思いがストレートに書かれた『芸人迷子』ですが、これは、人間関係の難しさとして、誰の身にも置き換え可能な普遍的な悩みであるとも言えます。
だからこそ、著者の相方を思う言葉は強い実感を持って、読者の心に飛び込んできます。「お笑い」という華やかな舞台の裏で繰り広げられる人間対人間の生々しいやり取りやすれ違いの数々が、"ズン"と心に重たい何かを残すのです。
読後に強く印象に残ったのが、ユウキロックさんの笑いに対する批評性の高さと、理論の組み立て方の上手さです。文章にも読み手を引き込む力があり、時系列を巧みに行き来しながら、「ハリガネロック」というコンビの結成から解散に至るまでを描き切る構成力にも唸らされました。
『芸人迷子』は、自責と後悔だらけの手記です。コンビが消滅する最後の最後まで足掻き続けた著者の姿は、どうしようもなく切ないけれど、だからこそ、心に響くエモーションを含んでいます。
何よりも、そこまで自己を分析できる、著者の視線が素晴らしい。この本は、職場で学校で、そして家庭で、"迷子"になっている人に何かしらのヒントを与えてくれる本でもあると思います。
笑いの道を志す人は勿論のこと、絵や文章など、何かを作るのが好きな人に、そして、まさに今、迷いの真っ只中にいる人にもオススメできる一冊です。