義元(春風亭昇太)の死後、今川家の実権を握り、井伊家を支配する寿桂尼。“おんな戦国大名”の異名を取り、直虎(柴咲コウ)の手本ともなる人物を演じて圧倒的な存在感を見せているのが浅丘ルリ子だ。日本映画黄金時代から60年以上にわたって活躍する大女優が、40年ぶりに出演した大河ドラマの現場で感じたことを、ちゃめっ気たっぷりに生き生きと語ってくれた。
-「花神」(77)以来、40年ぶりの大河ドラマ出演とのことですが、ご感想は?
プロデューサーが、私の出演した舞台「桜の園」をご覧になって、「寿桂尼は、絶対に浅丘さんしかいませんから、出ていただけませんか」とおっしゃってくださいました。「1年は難しいですけど、どのぐらい出るんですか」と伺ったら、「半分で終わります」というお話だったのに、半分以上出ています(笑)。でも、お引き受けした以上は、きちんと楽しくやっております。
-寿桂尼という人物をどのように捉えていますか。
大変な政治家ですね。今川家を守るためにいろいろな策を練って、一切容赦しない。とても芯が強くて頭のいい方で、「仮名目録」という、領国を治めるための法律の制定に関わったとも言われている人物です。それぐらいすごい方ですけど、ドラマでは心臓を病んでしまいます。それでも孫の氏真には任せず、一生懸命、いろいろな相手との交渉に乗り出していきます。それほど、今川を再建したいという思いが強かったんですね。武田信玄と面会する場面は、完全にキツネとタヌキの化かし合いです。
-寿桂尼が気に入ってらっしゃるようですね。
作家の永井路子さんが寿桂尼を主人公に書かれた小説もあるのですが、それもすごく面白いですよ。私がもっと若かったら、寿桂尼が主人公のドラマをやりたかった。今ではすっかり今川に肩入れしてしまって、「義元が死ぬ場面がないじゃない。寿桂尼さんはどうしたのよ」なんて、プロデューサーに言ったこともあります。
-寿桂尼は、直虎をどのように見ているのでしょうか。
直虎には幼いころからとても愛情を感じています。ただ、立場はこちらの方がずっと上ですし、公家出身の寿桂尼と直虎は育ちも違います。だから、真から心を許してはいません。今川家が危機にひんした後半には、2人で涙ぐみながら昔の思い出を語り合う場面も出てきますが、それでも、直虎は今川を助けてくれる器ではない、と判断します。愛情は感じながらも、今川家を守るための策の一つとして見ているだけで、容赦はしません。決して甘くはありません。
-それらを踏まえた上で、寿桂尼という人物をどのように演じていますか。
まず、気品と威厳を持って、言葉をはっきり、ゆっくり、しゃべることを心がけています。台本は私の出演場面だけしか読みません。演技については事前に少しだけ考えますが、細かいことはその現場の空気に触れて、皆さんがおっしゃることを聞いた上で決めています。
-直虎役の柴咲コウさんの印象は?
演技を積み重ねて行くうちに、だんだん生き生きとして、幼いころのおとわを引き継いだいい雰囲気が出てきましたね。ご本人にも「すごくすてきね」と伝えました。話も面白くなってきましたし、この先がとても楽しみです。
-孫の氏真を演じる尾上松也さんとの共演はいかがですか。
松也さんは、歌舞伎をやっている方なので、やはりしっかりしていらっしゃいますね。一つ一つが形になります。松也さんに「どこでせりふを覚えるの?」と聞いたことがあるんです。そうしたら「家では覚えられないので、現場に来て、本読みをしながら覚えるんです」とおっしゃって。ああ、すごいなと驚きました。一緒に演じるのはすごく楽しいです。でも、松也さんは「ばば様、ばば様」と呼ぶのですが、私はおばあさん役を演じるのは初めてなんです。だから耳触りが悪くて、呼ばれるたびに、「何よ、私、ばばじゃないよ」と言いたくなります(笑)。
-小野政次役の高橋一生さんとも親しいそうですね。
同じ事務所なので、とてもかわいがっています。すごく物知りで、頭のいい人です。お芝居も、僕の立場はこうだからこうしなくちゃいけない、とよく考えているのですが、声をもっと前に出してやりなさいと言ったことがあります。そうしたら、第5回の時に電話がかかってきて、「ルリ子さんの言っている意味がよく分かりました」と言ってくれました。
-若い俳優さんたちとの共演はいかがでしょう。
こんなことを言うのは失礼ですけど、62年この世界におりまして、いろいろなものをやらせていただき、吸収できるものは吸収させていただいています。偉そうにするつもりはありませんし、余計なことかもしれませんが、言える方には多少、申し上げることもあります。皆さん忙しいでしょうけれど、もっといろいろなものを見た方がいいですね。そして、これは現代劇ではなく戦国時代だということを考えて、声の出し方や振る舞いなどを作るべきだと思います。でも、みんなすてきですよ、本当に。
-今年は民放の連続ドラマにも出演されるなど、ご活躍ですね。
日活にいたころは何本も掛け持ちしていましたが、ここ40~50年、掛け持ちは一切してきませんでした。今回は、民放の方で先にお話を頂いた後に、こちらのプロデューサーからお声を掛けていただきました。寿桂尼さんについては、以前から聞き覚えがあったので、これをやるのもすてきかもしれない、違う自分が出せるかもしれないと考えて、出演を決めました。今年はプライベートでもいいことがあり過ぎて、逆にちょっと心配になったので、亡くなった姉の法事の時に「何も起きないように守ってくださいね」とお願いしました。体は丈夫なので大丈夫だと思いますが、寿桂尼の出番が終わるまでは、何とか頑張りたいです。
(取材・文/井上健一)