仲道郁代 (C)Tomoko Hidaki

ピアニストの仲道郁代が、5月29日(日)サントリーホールでのリサイタル「知の泉」に向けた記者懇親会を開き、自身の思いや意図を語った(4月7日)。

リサイタルは彼女の企画である「The Road to 2027」の一環。ベートーヴェン没後200年と自身の演奏活動40周年が重なる2027年を見据えて、デビュー31年目の2018年から10年をかけて完遂する壮大なシリーズだ。毎年春と秋の2回、10年分・全20回のプログラムを最初に決めてスタートした深謀遠慮。
「今回のテーマは『人間の“業”と再生への祈り』です。これらを弾いて、光の世界を見い出したい。そんなプログラムです」
演奏するのはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》、ショパンのバラード第1番、リストの《ダンテを読んで》、そして取り組むのは初めてというムソルグスキーの《展覧会の絵》。4曲とも、文学あるいは絵画作品に触発された、つまり「知の泉」から生まれた作品群だ。仲道は実演を交えながら、その源泉をひもといていく。ベートーヴェンの“赦し”。祖国を失ったショパンの悲しみと再生。リストが描いた神の愛の光の世界。ムソルグスキーが埋め込んだ苦しめられた者たちの暗喩。
「叡智と示唆に溢れる文学や絵画から作曲家たちが何を読み取り、何に共鳴して音にしたのか。いま生きている私はそこに何を感じるのか。これはけっして昔の話でなく、生きたリアルな言葉です」
いま私たちは、「音楽に何ができるのか」という問いにあらためて向き合っている。
── 音楽に戦争をやめさせることができるか? たぶん無理ですね。でも聴く人に「戦争をやめさせなくちゃ」という気持を起こさせることは、きっと音楽にもできるはずです。──
これは村上春樹の最近の言葉。仲道はそれを引いたあと、次のように言った。
「人が心から共感するのは悲しみなのだと思います。人間の業、悲しみはすべての人が背負っている。そして正義は怒りや悲しみから生まれる。それを描いている作品は私たちの心を動かす。音楽はそれをちゃんと伝えることができる。演奏家にはそれを伝える責務があります」
一人の記者が「共感しかない」と感想を口にした。まさに。ベテランのファンなら、少女時代の可憐な印象で彼女をイメージする人も少なくないかもしれない。しかし近年の彼女の表現の深さにはすごみすら感じる。いま最も聴くべきピアニストだと思う。
(宮本明)