現代の巨匠ミッシャ・マイスキー。5月の来日では盟友マルタ・アルゲリッチとの共演で湧かせたが、10月には東京と名古屋で至宝のJ.S.バッハ無伴奏チェロ組曲全曲を聴かせてくれる。
「偉大な作品。細部まで知っていればもちろん、バッハについて知識がなくても楽しめる。美しい庭園を見る時、咲いている花の名前を知らなくても楽しめるでしょう? それと同じ。ハートのある人は感動できる。何より大事なのはハートです」
 バロック時代、おもに通奏低音を担っていたチェロの独奏楽器としての可能性を引き出した重要な作品だ。
「でも特別にチェロに惹かれたわけではないと思う。第4番の前奏曲なんて、音の跳躍が激しくて、チェロよりもオルガンで弾いたほうがふさわしいぐらいだし(笑)。でも彼が新しいことが好きだったのは確か。第6番が5弦のチェロのために書かれているようにね」
 秋の全曲演奏会では1日目に第1、4、5番、2日目に第3、2、6番を弾く。
「一日で弾くなら第1番から順番に弾くのがいいと思う。でも私は2回に分けるのが好きで、いろいろな組み合わせを試してきたんだ。それぞれに異なる可能性があると思うけど、今回の組み合わせのポイントは、まず、第1番から始まって第6番で終わること。各組曲の5曲目に配置されているメヌエット(第1、2番)、ブーレ(第3、4番)、ガヴォット(第5、6番)が両日に分かれていること。両日に短調の組曲が1曲ずつあること。1日目の変ホ長調(第4番)とハ短調(第5番)の平行調(♭3つ)、2日目のニ短調(第2番)とニ長調(第6番)の同主調という調性のつながり。そして、1+4=5、3×2=6という数字遊び! これは偶然見つけた数式だけど、バッハは数学好きだから喜んでくれるんじゃないかな(笑)」
 ソ連時代のラトビア生まれ。若き日には反体制派として無実の罪で連行され、2年以上も楽器に触れることさえできなかった経験も持つ。今年3月にはウクライナのためのチャリティ・コンサートを開いた。
「宗教も言葉も国籍も超えて理解し合えるのが音楽。偉大な音楽は互いを発見し発展させることができるはず。私にできるのはほんの小さなことだけれど、それを積み重ねることが大事だと思う。絶対にね」
 無伴奏チェロ組曲全曲演奏会は10月30日(日)31日(月)東京・サントリーホール、11月2日(水)3日(木)愛知県芸術劇場コンサートホールで。雄大な自然の中に佇む八ヶ岳高原音楽堂で味わう3曲抜粋(第3、2、6番=10月28日[金])も至福。
(宮本明)