人気が高すぎる人事課長と多すぎる内定者が生んだ末路
化学商社E社はどちらかというと地味で堅実な事業を行っており、学生の合同説明会を行っても、5人聞きに来れば御の字という状態でした。そんなE社の人事課長が家庭の都合で退職することになり、新しい人事課長を中途採用することになりました。
そんな折に、白羽の矢が立ったのが、E社の人事コンサルティングを担当していたFさん。誠実を顔に書いたイケメンで、E社の人事施策は実際Fさんが考案して、成功に導いてきました。
E社としては破格の待遇でFさんを迎え、社長からはFさんに低迷する新卒採用の指揮をお願いしたい、昨年の5人の3倍、15人はほしいとの鶴の一声があったのです。
すっかりやる気になったFさん。早速前年比5倍の募集予算を獲得し、精力的に全国を駆け回り、E社の隠れた良さを学生に伝える伝道師の役割を始めました。Fさんのさわやかな表情での説明、明朗な面接に学生は引かれ、もともと会社も安定した状況だったため、前年度たった5人だった内定候補者は、あっという間に10倍の50人に達しました。
そこでFさんは、一つの考えに囚われることになります。「もともとE社は不人気企業だ。内定を出しても辞退される可能性は高い。現に化学商社なんて地味なものを俺の魅力だけでひきあげてきたんだ。全員に内定を出しても、辞退続出で15人残るかどうか……」いままで不人気企業といわれて苦渋をなめてきた部下にも相談して、せっかく集まった50人全員に内定を出すことにしました。
しかし、この決断で、Fさんの命運は尽きました。内定者は次々に内定を受諾し、45名が内定者となってしまったのです。予定人件費の3倍がのしかかってきたE社の経営陣からは、Fさんの責任問題まで問う声が出始めました。しかし取り過ぎで内定取り消しするわけにもいかず、そのまま内定式を迎えたFさん。口々に内定者から「Fさんに共感して入社を決意しました!」「Fさんと一緒に仕事できて光栄です!」との声に、Fさんは厳しい表情を隠しきれませんでした。
そして、入社日を迎えたFさんにE社社長は、そっとつぶやきました。
「Fさん。とてもよくやってくれた。会社の経営は苦しくなるが、あれだけ地味でどうしようもないと思っていた我が社の説明会にあれだけの学生さんがきてくれて、正直涙が出たよ。ありがたいと思っている。」思いがけない社長の言葉にFさんは涙しました。
そしてE社社長は、みずからの資産注入だけでなく銀行交渉に奔走して増資に成功。現場も一時大量の新卒生に戸惑いましたが、Fさんが採用した新卒生は優秀であったことと、もともと力があってもそれを表に出さなかった古参社員の意地がうまく融合し、E社は躍進の時を迎えることができました。
そして、いまでは人事担当役員に就任したFさん。ことあるごとに「あのときの決断はいまでもミスと思っている。しかしそれをチャンスに変えたのは社長だ。」とつぶやいています。
いかがでしたでしょうか。人事悲喜こもごもの言葉通り、いろいろな人事担当がいます。日夜、役員と学生の方に挟まれて、がんばっている人事の姿を思い出していただければ幸いです。