「泡姫」と書いて「ありえる」、「今鹿」で「なうしか」。「金爆」と書いて「ごーるでんぼんばー」と読ませるくらい絶妙だが、読み方のわからない当て字を使った奇抜な名前は「キラキラネーム」と呼ばれる。

いきすぎた「キラキラネーム」は世間から疎まれがちで、「黄熊(ぷう)」くんなんて名づけた日には、親の常識が疑われ、子どもの進学や就職が危うくなるそうだ。これだけ批判を浴びても、なぜ親たちは「愛々(なでぃあ)」などと付けてしまうのか。

名づけの歴史から理由を探ってみた。

「子」離れは1960年代にはじまっていた

明治安田生命の「名前ランキング」によると、女の子の名前の止め字に「子」を使わない「子離れ」は、半世紀前の1965年からすでに起こっていた。

85年以降は完全に「子離れ」が定着し、ベスト10から「子」のつく名前はほぼ消滅。94年生まれで、「子」のつく名前の赤ちゃんはわずか5%しかいなかった(※)。

新書『“子”のつく名前の女の子は頭がいい』(洋泉社)によれば、子のつく名前は、当初は上流階級のごく一部に使われていたが、明治末期ごろから一般に広く浸透。
1948年の名前ランキングでは、1位の和子から10位の啓子まで女の子の名前ベスト10すべてに「子」がついている。女といえば「子」、ついでに言えばリズム感のある三字の「○○子」が鉄板だったのだ。

こうしたなか「子離れ」が進んだ背景には、テレビの普及の影響が大きいと、著者の金原氏。テレビの普及率と「子のつく名前」の割合は反比例していて、タレント名やドラマの主人公の名前が、庶民の名づけにキラめきをもたらしたと分析している。