■鉄板の「正体隠しコメディ」
こんにちは、おもにプロレス雑誌などで編集者/ライターをやっております、松本と申します。
今回はビッグコミックスピリッツ連載中の『トクサツガガガ』という漫画を紹介します。まだ単行本1巻も出てないんですが、自分が特撮好きということもあり、非常にツボにハマるんです。
簡単に言うと「特撮好きOLの日常漫画」。いまでこそいろんなジャンルのオタク漫画がたくさんありますが、「特撮ヒーローオタク漫画」というのはありそうでなかったと思います。もうあったらごめんなさい。
主人公の仲村さんが好きなのは、『獅風怒闘ジュウショウワン』という特撮に出てくるシシレオーというキャラクター。これはあくまで架空の作品なので、実際の特撮を知らなくてもお話にはついていけるのでご安心ください。
「オタクの日常漫画」っていうのは、ヘタすれば「あー、あるある」だけで終わって、ストーリーがあってないようなものだったりするヌルいものも多いのですが(それはそれで好きなんですが)、この漫画はあくまで「あるある」はおまけで、「オタクであること」を軸にしたストーリー、構成力が素晴らしいです。
また『トクサツガガガ』のメインになるのは、特撮が好きなことを周囲に隠していることから巻き起こるギャグです。「正体を隠す」っていうのはコメディの王道設定ですよね。実は自分が王子様だったり魔法少女だったり宇宙人だったりするのを隠す…あるいは「田舎の母親に恋人がいるって言っちゃったの! 一日だけ恋人のふりをして!」みたいな展開とか、渋谷系音楽が好きなフリをしているけれど、悪魔系デスメタルバンドのボーカルをやっているとか。隠しごとを取り繕ったりするさまを含めて、周囲に勘違いされてどんどん話がヘンな方向に転がっていく系の物語は、だいたいおもしろいわけです。
ちなみに『トクサツガガガ』第1話はこちらから試し読みができます。
https://spi-net.jp/weekly/comic041.html
URLを貼ったところで全員が読むわけじゃないと思いますので説明しますと、この1話では、
「DVDを観たいので会社から早く帰ろうとすると、同僚にはデートに行ったと勘違いされる」「特撮グッズを買うための節約の一環としてお弁当を作ると、『女子力が高い』と言われる」などといった、鉄板のわかりやすい展開が続き、仲村さんは勝手に「モテOL」みたいに勘違いされていきます。
そして会社帰りの電車内で、目の前に老人が立つんです。まあ、席を譲るなんてやっぱり疲れてるときには嫌なものなんですけど、そこで仲村さんの脳内には先週の日曜日の朝に見たシシレオーが現れます。
「自分が苦しいことは、弱いものを見捨てていい理由にならない!」
いかにも子供向け特撮に出てくるような名セリフがフラッシュバックし、それに逆らえない仲村さんは老人に席を譲るわけです。その咄嗟の判断で、同僚の男に「なんていい人なんだ」って惚れられるという展開が…。
席を譲った後、その同僚から「仲村さんはいつもニコニコしてますよね(※特撮を思い出してニヤニヤしてるから)。どうしたら仲村さんみたいになれるんですか?」って聞かれるんですけど、仲村さんは「特撮オタなのは隠したいけど、せめて特撮の良さだけでもオブラートに包んで伝えよう」として、こう答えます。
「子供の頃に(特撮から)習ったことを思い出すの。大人になった時大事なことは、全部小さなうちに(特撮から)習うでしょ。ズルしちゃいけないとか、ウソつかないとか、あきらめないとか…」
これで同僚は「やっぱりなんて素晴らしい人なんだ」って思ってしまうわけです。
普段は家でDVDばっか観てるOLが、「特撮は子供向けだからこそ、そういうシンプルなメッセージが込められてる」「特撮から習ったことは素晴らしいことなんだから、大人になった今こそ守らないといけない」と大事なことに気づいて頑張って良いことをする、という非常にいい話でありつつ、しかも「隠れオタなのに男に惚れられちゃったけど、この先どうするんだ」っていうコメディ的なワクワクがあるという、最高の1話だと思います。